第17話

「いや、狭いっていうか……何なのよ、これ?」


「なにって、都市伝説の資料だよ。自宅の僕の部屋に入りきらなかったから、一か月かけてちょっとずつ、入りきらなかった分をこっちに移動させたんだ」


「ええと、これが全部じゃあないのかい?」


「ここにあるのなんて、全体の三割くらいだよ。それより早く入って、ここを開けてるのを他人に見られるの、嫌なんだ」


 百に押し込まれるようにして、三人は物置に入れられた。そうして、誰も周囲にいないのを確認してから、百はぴしゃりと扉を閉めた。

 幸いにも、物置の中は三人が入ってもどうにかすし詰め状態にはならなかった。ただし、てけは車椅子で資料を踏んづけていたし、ターボとリカも、どこに立つべきか、座るべきか迷っている様子だった。

 そんな三人の動きを察したのか、百は乱暴に床の資料を脇に退けて、てけが車椅子の下敷きにしていた本をどかしてから、本棚と本棚の間に押し込まれたパイプ椅子を、空いたスペースに置いた。それから物置の奥に向かいつつ、彼は言った。


「てきとうに座って、僕は資料を探すから。口裂け女のは、ここにあったはず……」


 山積みの資料を足場にする度に、僅かに埃が舞った。

 てけ以外がめいめい椅子に座っていく中、ターボが一番手元にあった本を一冊、手に取った。タイトルは『都市伝説はなぜ流行るのか』、刊行は一九七三年六月。百が生まれるずっと前の本で、管理状態もあってか、すっかり表紙は汚れている。

 一体、どれだけの時間と執念をかけて、これだけの所業を成し遂げたのか。ターボは思わず、自分達に背を向けたままの百に、声をかけた。


「いや、すごいな、これは。新聞の切り抜きに手記、雑誌丸ごと、インターネットのコピー、なんでも紙媒体でまとめてるのか。どうしてデータで保存しないんだい?」


「僕、パソコンを使うのが苦手なんだ、しかも……あった、あった」


 今時の若者らしからぬことを言いながら、百は部屋の一番奥にある青色のバインダーを四冊分、本の間から引きずり出した。そのせいでたくさんの本が床に落ちたが、百は気にも留めずに、両脇に抱えたそれらを、乱暴に長机の上に置いた。


「百科事典、じゃあないわよね」


「このバインダーが百科事典に見える? 口裂け女に関する資料だよ」


「嫌味で言ってんのよ。ぶっ殺すわよ、クソガキ」


 歯を見せて威嚇するてけをよそに、ターボがバインダーを開いた。

 百枚近い紙に記されているのは全て、口裂け女に関する情報。外見の写真、出没時間と区域と目撃者の特徴、地方で伝わる撃退法、これ一冊が口裂け女の図鑑に近い。


「驚いたな、挟んであるもの全部、口裂け女の出現情報と特徴、撃退方法だ。都市伝説課本部にだってこんなもの置いてないよ、というかちょっと欲しいぐらいだ」


「五年かければバカでも集められるよ、それで」


 三人の向かい側の回転座椅子に座って、腕を組み、百が言った。


「口裂け女の、何を知りたい? 僕の知る範囲で、教えるよ」


「ええと、それじゃあオレ達も知っている情報の共有かな。外見とか、襲い方とか、発祥したタイミングとか、基本の情報が知りたいな」


 百はターボの問いに、彼らが開いていたバインダーの記述を指さしながら、答えた。


「分かった、まず口裂け女の噂の発祥時期は一九七八年一二月、岐阜県で目撃証言があってから一か月後の七九年一月だって言われてる。もっとも、江戸時代にもそれに近しい妖怪の目撃例があったし、CIAの情報伝播実験だとかいう説もあるから、明確なタイミングは何とも言えないね」


「明治時代にも、似たような話があるって聞いたわよ」


「おつやの話だね、いかにも口裂け女に見える格好で峠を越えた話だ。でも、僕の知る範囲で言うなら、噂が流れだしたのはネットで載っているような情報の時期で間違いない」


 次に彼は、一番最初のページをめくって、書いてある内容について話を続けた。


「外見は言うまでもないだろ、高い背と、臀部まで伸びた黒のロングヘアー。カーキ色のコートに身を包み、耳元まで裂けた口を隠すように、いつもマスクをしているんだ。そしてマスクをつけたまま、暗がりや人通りの少ない路地で、子供か若者にこう聞く」


 バインダーから手を離し、口元を指で大袈裟に広げて、百が一言。


「私、キレイ? ってね」

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