第16話

 きさらぎ高校では、放課後の生徒活動が活発である。

 百が裏庭で話し合っていた時間は既に授業が終わり、体育会系の部活でも活動を終えているような時間だが、多くの生徒は学校に残って自主練習を続けていたり、楽しい話に花を咲かせていたり、学生らしい時間を過ごしている。

 中には学校に泊まり込む生徒だっている。勿論許可を貰えば可能だが、許可を得ていない生徒が泊まっているケースもあり、その場合はきつい処罰が待っている。

 北校舎の廊下を、他の生徒とすれ違いながら百が歩く。他の生徒が自分しか見ていない、または自分すら見ていない点から、都市伝説連中は本当に他の生徒から見えていないのだと改めて認識した時、彼はターボに話しかけられた。


「あのさ、今更だけどいいかな、百クン?」


「どうしたの、ええと」


 百が少し迷ったのは、ターボの呼び方だけではない。努めて彼が、後ろからついてきている三人を見ないようにしているのは、誰にも見えない誰かに話しかけているように見られたくないからだ。


「ターボでいいよ、気軽にターボって呼んでくれ! それで、質問なんだけど、百クンの所属してる部活って何かな?」


「それ、あたしも気になってたのよ。部活動してるところなんか見たことないわよ」


 三人は百を観察していたが、覚えている範囲でも、彼は部活に入っていない。体育会系は当然として、文科系の部活にすら入っていない。

 ターボとてけの問いに、二人の方を見ずに、百が答えた。


「部活って程じゃないよ。そもそも人数が足りなくて部活だって認められてもないし、せいぜいサークル活動くらいのものだから……ほら、ここが部室だよ」


 そう言いながら、彼はある扉の前で足を止めた。

 教室や理科室、家庭科室のある廊下から、少しだけ離れたところ。ちょうど校舎の角にあるその扉は、それそのものが古びていて、教室というよりは物置に思える。


「なにこれ、物置?」


「もとは物置だったんだ、それを先生に頼んで使わせてもらってて……入って、どうぞ」


 話しながら、百が扉を開けて、手元のスイッチを押して、明かりをつけて。


「よーし、語部百クンの秘密の園改め月面着陸突入第一号! 先手必勝ターボさん一番乗りってなわけで、おじゃましま――」


 ターボが笑顔で部屋の中に乗り込んで。

 てけとリカがその後ろからついて来ようとして。


「…………す」


「……キモっ……」


「ひっ……」


 三人とも、足を止めた。

 息を呑み、思わず物置に入るのを躊躇った。

 理由は簡単。その物置が、異様極まりなかったからだ。

 窓が二つあるだけの、教室の半分程度しかない広さの物置。ただ単に、教材や椅子や机を押し込まれる物置として使われる未来しかなかった部屋。

 その部屋は、語部百の手によって、都市伝説に関する資料の巣窟となっていた。

 扉を除いたすべての壁の前には天井に届くほど高い本棚が置かれ、そのあらゆる列に、本がみっちり詰め込まれている。入りきらない分はその前に横向きに積まれているので、本棚の下半分は資料で埋まって見えなくなっている。

 古い本、新しい本、綺麗な本、汚い本、厚い本、薄い本。それらが十冊、ニ十冊、百冊、二百冊、いや、もっと、もっと。数えているだけで目が痛くなりそうな本の集合体の合間に、百均で購入したようなバインダーが挟まっている。そのどれもが、内側に押し込められた紙でぎゅうぎゅうになっていて、今にもはちきれそうだ。

 そしてその本やバインダー、ホチキス留めされただけの紙は、壁沿いに置いてあるだけではない。恐らく百が普段使っている、物置の中央にぽつんとある長机の半分と、彼が座る回転座椅子と予備の椅子が幾つか、そこに至るまでの狭い道以外の、床の全てを埋め尽くすように乱雑に敷き詰められている。


 壁も壁で、異様極まりない。『花子さん』、『人面犬』といった都市伝説のポスターや、恐らく都市伝説に関する新聞の切り抜き、何かしらの都市伝説が見つかった地方の地図が、元の壁の模様を完全に隠すくらい貼り付けられている。特に地図の方は、百の記入した情報が、赤いペンで無数に書きなぐられている。

 異常な物置。狂った空間。まともな神経をしていれば、まず入りたがらない。彼が入学してからの短期間で、これだけの部屋を作り上げたというのか。

 都市伝説だというのに硬直する三人の後ろから、百が平然と声をかけた。


「どうしたの? 全員入れないほど狭くはないと思うんだけど」

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