第15話

 タブレットの中のターボお姉さんも、てけもリカも、いつの間にか真面目な顔つきになっていた。こういう顔つきになると、どんな話が待っているか、百も大体分かる。


『だから、百クンに協力してほしいの。どうしてこの街に都市伝説が集まってる理由を、口裂け女が人を襲っている理由を調べる為に。そして、止める為に』


 百を、自分達のチームに引き入れる。

 所謂スカウトの為に、彼らは百に姿を見せて、話までしたのだ。

 彼らがわざわざ全員で、それも逃げ場のない学校の裏庭でこの話をしたのは、まともに話したところで交渉の成功率が低いからと判断したのだろう。

 ターボ達も、一度は断られるのを前提で話し始めた。そこをなんとか、どうにか折れて、と話を続け、根負けさせる作戦でしか相手を納得させられないと知っていたからだ。

 実際、これまで何の縁もゆかりもなかった相手から、いきなり口裂け女と戦ってくれとお願いされても、ほぼ間違いなく断られる。こんな提案を快諾するのはよほどの馬鹿か、映画で調子に乗った挙句真っ先に殺人鬼に殺される輩くらいだ。


「頼むよ、百クン。いきなりこんな説明されて混乱してるのは分かるよ」


「いいですよ」


「都市伝説なんて夢物語だろって思うのも分かる――なんだって?」


 そして、語部百は、馬鹿の類だ。


「知ってるでしょうけど、都市伝説が好きなんです、僕。だったら、その当の本人が来てるのに、お願いを断る理由なんて、ないと思うんですけど」


 彼らも知る通り、都市伝説が好きで、好きでたまらない、都市伝説馬鹿だ。

 あまりにあっさりともらえた最高の返事を前に、ターボを含む都市伝説全員が驚いていた。当然、彼らの中にあるのは納得ではなく、疑問だ。


「ええと、オレ達が嘘ついてる可能性とかは考えたりした?」


「ドッキリじゃないのは、さっき口裂け女から助けてもらって分かりました。それに」


「それに?」


 少しだけ間を開けて、どこか照れ臭そうに。

 それでいて、どこか期待を込めて。


「――僕なんかが何かの役に立てるなら、協力します」


 何かの役に立てるなら、という本音を込めて、百は協力の意を、改めて示した。

 誰もが想定していなかった。しかし百は、自らが出来る何かに対しての期待と、それを活かせる機会を受け入れた。つまり、ターボ達にとって最良の答えを。

 僅かな沈黙の後。


『――あーもう、百クン大好きーっ! 聞き分け良くって大好きーっ!』


 タブレットの向こうで、ターボお姉さんが飛び跳ねて歓喜の声を上げた。

 その声に続くように、ターボは片手でタブレットを持って、空いたもう片方の手で彼の手を強く握って、これでもかと言わんばかりの、最上級の笑顔を見せた。


「本当にありがとうね、百クン。君が手伝ってくれるのは、本当にありがたいよ」


「まあ、いないよりはマシなんじゃない?」


「……あ、ありがとう、ございます」


 てけとリカも、それぞれ感謝の言葉を百に伝える。二人とも手を握ろうとまではしなかったし、リアクションは三者三様だが、各々協力については肯定的なようだ。

 その様子を見て、百は少しばかり安心した。特に、てけの態度に対して。

 たっぷり十秒は手を握っていたターボがその手を離すと、百はタブレットの中のターボお姉さんと目が合ったような気がした。あくまで紙に描かれた簡単な目が見えただけなのに、向こうも何かを察したのか、飛び跳ねるのを止めて、さらりと話し始めた。


『そしたら早速だけど、百クンを含めた『都市伝説課派遣チーム』には行動を開始してもらうわ。大まかな目的は口裂け女との接触、可能なら交渉ね。人を襲うのを止めるようにと、公認都市伝説になるように。上手く説得出来たら、私のところに連れてきて』


 随分と具体的な内容だ。きっと、自分が交渉に応じなくても、この作戦自体は決行されていたのだろう、と百は思った。


「説得に失敗した時は、どうするのよ」


 少しだけ間を開けて、ターボお姉さんが絞り出すように言った。


『残念だけど、力ずくでも止めるしかないわ。手段は問わないけど、人を襲っている以上危険すぎるし、まずは口裂け女の情報を集める必要があるわね』


「あれ、同じ都市伝説なのに、口裂け女の情報は知らないの?」


「オレ達都市伝説はわりと横の繋がりがないんだよ。インターネットや本で調べることは出来るけど、百クンならきっとそんなので調べる以上の事柄を知ってるだろう?」


 ターボの言い分はもっともだ。

 もしも彼らが、自分達の欲しい情報を持っている、または手に入れられるなら、最初から百に声をかけたり、こうして接触したり、回りくどいことはしないだろう。

 だからこそ、百の情報が必要なのだ。インターネットで調べるよりも、怪奇専門の雑誌をてきとうに読み漁るよりも、百が持っている情報を使い、その都市伝説の特徴を使って口裂け女への対策を練られる要素が必要なのだ。

 自分に求められているものが分かってきた百は、軽く頷いた。


「……自慢出来るようなものじゃあないけど、それでよければ」


『うん、よろしく! それじゃあ私はここらでドロンするから、後はよろしくね!』


「え、ちょっと、姉さん……」


 言いたいことを言いたいだけ言って、ターボお姉さんは通話アプリを終了させた。

 残された一人と、人間ではない者が三人、ついでにタブレットが一つ。とりあえずどうすればいいのか、こういう時に真っ先に口を開くのは、やはりてけだ。


「さて、あのバカ乳女の話が終わったところで、これからどうするの、ターボ?」


 ターボは頭を掻いて、タブレットを通学鞄に仕舞いながら答えた。


「うーん、とりあえずは百クンの知識量を知りたいかな。百クン、どこか話せるところはない? こーゆー都市伝説の話をしても白い目で見られないようなところ、ついでに百クンが傍から見ても一人で話しているように見えないところ!」


「やっぱり僕、一人で話してるように見えるんだね……えっと、そしたら」


 百にとって、人と話す経験はほとんどなかった。だが、誰かが話したがっていて、尚且つそれらが人に言えないような内容ならば、話せる場所に思い当たりがある。


「部室に来る? 部員、僕一人しかいないけど」

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