第14話

 赤い紙、とは古びたトイレで子供に色を問いかけ、返答次第で殺す都市伝説だ。その際策は簡単で、古いトイレを取り壊し、ピカピカの新しいトイレにしてしまう。恐怖は薄れ、大きな連休を挟み、子供達はその噂自体を忘れてしまう。

 他の都市伝説もそうだろう。警察が動き、保護者が動き、世間が動けば、あっという間に対策が取られ、デマと判明し、テレビは取り上げなくなり、多くの人々は忘れる。


『ただし、都市伝説についてはハッキリ言って、妖怪からすれば知ったこっちゃないって扱いなのよね。妖怪業界って基本年功序列だし、妖怪はもうすっかり安住の地を手に入れてるのばっかりだし』


「そのくせして、都市伝説が暴れればまた生きる場所が奪われるー、なんて愚痴と文句は一丁前なのよね。過去の失敗の繰り返しをずっとビビってんのよ、妖怪は」


『そこで設立されたのが、この都市伝説課なのでーすっ!』


 ターボお姉さんが跳び上がった。胸が、盛大に揺れた。


『私達の主な活動は、これまでの妖怪達がそうしたように、すべての都市伝説を管理して人間への過度な接触をなくすこと。その代わり、インターネットのまとめサイトに情報を掲載したり、雑誌に掲載したり、ホラージャンルの本をこっそり刊行したりして、都市伝説の存在をしっかり残してるのよ!』


「え? それだけで、力が残り続けるんですか?」


 これまた、百は驚いた。

 怪異が出てくる都市伝説は、基本的に人が死ぬオチだ。てっきり噂の存続の為にひっそりと人を殺し続けているものかと思っていたが、ホラーオタクが仕事の片手間で出来るような業務を続けているだけで、力や存在が維持出来るとは。

 百からすればそれほど大した内容には思えなかったが、ターボお姉さんの中ではエジソンの発明に匹敵する偉業を成し遂げていると思っているようで、さっきよりもずっとふんぞり返って、驚くくらい高いテンションで功績を語る。


『そうよ、こんな活動、妖怪連中じゃあ真似出来ないわ! まあ、この恵まれ過ぎた容姿と才能のせいで妖怪から逆恨みで命を狙われてて、こうして顔を隠してるんだけどもね!』


「気にしなくていいよ、百クン。命を狙われてるだのなんだのって、全部姉さんの被害妄想だから。この前は家に探知機がつけられてるって喚き散らした挙句部屋の家具全部ひっくり返して、結局失踪したし」


『ターボ?』


「いや、何でもないよ姉さん、続けて、どうぞ」


 ターボの言葉、そしてターボお姉さんの言動や行動で、百は確信した。

 彼女は狂人だ。人ではないが、いかれている。


『ふーん。とにかく、私達はこうして仲間になって残り続ける道を選んだ都市伝説を、『公認都市伝説』って呼んでるわ。事実上無労働で日がな一日優雅に過ごせるようなものだから、皆こぞって参加したがると思ってたんだけど……』


「けど?」


「生まれたての都市伝説や噂になる過程で殺人の快楽を知った奴、恐怖を与えることに使命感を覚えた奴は参加したがらないわ。バカばっかりなのよ、都市伝説ってのは」


 どうやら、人の命令を聞かない、あるいは自治のルールに従わない連中は、都市伝説の中にもいるようだ。特にてけの言う通り、自分の力に酔っているような奴に関しては、指示、命令などは聞きたがらないだろう。


『他にも、都市伝説として最低限の噂しかないから、本来持っていた力が弱まってしまうデメリットもあるわ。例えば、そこのターボだけど、走る速度は全盛期よりも下がってるし、体力だって落ちてるわ。ほら、早口で誤魔化してるけど、肩で息してるでしょ?』


「余計なこと言わなくてもいいんだよ、姉さん」


 彼女に言われて、百は初めて、ターボの息が若干上がっているのに気づいた。

 しかし、よくよく考えてみれば、おかしな話ではない。ターボジジイがどれだけの距離を走れるのか、そもそも体力は無尽蔵なのかなど、考えたこともなかった。妖怪相手にそんな人間的な理屈を考えてしまうとは、と、百は内心可笑しく思えていた。


『てけは走れるけど体力がふつーの女の子くらいになったし、リカちゃんはこだま出来るけど声がちっさくなっちゃって。こういう力の弱まりを怖れる都市伝説がいるのも現状よ』


 てけが舌打ちして、リカは少しだけ俯く。確かにその弱体化は、二人が都市伝説として単独でやっていく――人に恐怖を植え付けるには厳しいものだろう。

 だが、彼女達は都市伝説課の庇護の下にいる。その状態であれば、意図的に力を制限されているとはいえ、消滅しないのだし、とりあえずは問題ない。ただし、その庇護下にいない都市伝説からすれば、死活問題になってくるわけだ。

 そう言われれば、力の弱体化は、人間でいうところの老化に思えてくる。その現象は人によっては何より怖れられる。その克服にアンチエイジングなどといった怪しいものに手を染める人間もいるくらいだし、弱体化を怖れる都市伝説も、きっといるだろう。


「……口裂け女も、その一人だと?」


『察しが良いわね、百クン! 百クン選手に百点!』


 質問した百は確信した。ターボお姉さんは、紛れもなくターボの姉か、親類だ。


『もっとも、理由はそれだけじゃあないんだけどね。そもそもこの伊佐貫市に、近頃都市伝説が集まりつつあるのよ』


 今日一日で、百はいったいどれだけ驚いただろうか。

 いや、この事実は、これまで話してもらった内容全てをまとめたよりも驚愕だ。

 都市伝説は、その地方、その都市で発生したからこそそう呼ばれる。それが一か所に、よりによって自分の住んでいる街に集まってきているなど、都市伝説本人が言っていなければ、到底信じられなかっただろう。

 百は聞いた。聞かずにはいられなかった。


「都市伝説が、集まる? どうして?」


『理由は分からないんだけど、公認されていない都市伝説――全体の八割くらいなんだけども、間違いなく集まってきてるわ。これまではそこにいるだけ、気配すら察されない程度だったんだけど、今回の口裂け女の一件は例外なのよ』


「人を、襲い始めたからですか」


『そうね、まだ怪我人や死人は出てないけど、今日は出そうになったわ。都市伝説は人を本気で襲う時には人のいない、または人を自由に出入りさせる空間を創り出す……それにターボが気づいてなかったら、百クンが犠牲者第一号になってたかも』


「まあ、オレが君を気にかけてたのはそれだけが理由じゃないんだけどね!」


 話に介入したターボの台詞で、百は首を傾げた。


「どういうこと?」


「さっきも言ったけど、オレ達は君のことを知っている。ここの生徒だってことも、学校に紛れ込んでるオレ達に気づいてるってことも。ふつーは気づけないんだぜ、オレ達が信用に足るって判断したから、君に姿を見せたんだ。そして」


 タブレットに映っているターボお姉さんを無視するかのように、ターボはずい、と百に顔を寄せた。人間目線で見ても整った顔立ちを前にして、百はどうにも恥ずかしくなる。

 そんな彼の様子など露知らず、ターボは話を続ける。


「そして、都市伝説についてとんでもないオタクだってことも」


 ターボはそうして、少しだけ真面目な顔になって、百から離れた。

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