第13話

「おめでとう、大正解だ! 百クン選手に十点!」


「う、うん、合ってる、よ」


 さらりと正解して、ターボとリカが嬉しそうな顔をしたが、二人とも、流行した時期には恐ろしい噂で人々を恐怖のどん底に叩き落とした都市伝説だ。


 片や、高速で走る車と並走して驚かせる謎の老人。うっかり振り向いてしまうと首が動かせない、または追い越されるとブレーキが利かなくなるといった現象で目撃したドライバーを事故に遭わせる。この現象によって起きる事故は死亡率百パーセントとも言われるが、そこには諸説ある。なぜ今、若者の姿をしているのかともかく。


 片や、トイレで自分を拾った人間に語り掛ける呪いの人形。足が三本あるだけでも十分奇怪なのに、真の恐ろしさは、彼女が囁くおぞましい声が、言葉が、拾った人間の頭の中で延々と繰り返されることだ。大抵の場合、最終的には自分の鼓膜を何かしらの手段で貫くか、声から逃れる為に自ら命を絶つ。

 いずれも、今はすっかり風化したものの、どちらも人を殺めるのには十分過ぎる力と恐怖を持つ都市伝説だ。勿論、残った一人も、恐ろしさでは追随を許さない。


「それと、肘走さんは下半身がなくて肘だけで人を追いかける『てけてけ』……ってことは、その車椅子の下は?」


「ないわよ、なんにも。これは足の模型よ、何、文句あんの?」


 ちょっとした言葉にも刺々しい返事をする彼女は、てけてけ、という都市伝説。

 電車に轢かれ、二つに分かれてしまった少女。直ぐには死ねず、苦しんだ少女。彼女は怒りと矛先の見えない憎悪を糧に、この話を聞いた人の元にやって来て、鋭利な鎌で足か胴体を切り落とす。逃げても、ターボジジイほどではないが相当な速度で追いかけてきて、結局殺される。

 ただし、都市伝説では普段は笑顔である場合が多いらしい。少なくとも、腰かけで覆われた足が模型である点を指摘しただけで苛立つのは、噂らしくない。

 今にも隠し持った鎌で襲ってきそうなくらい機嫌の悪そうなてけと話すのは良くないと思った百は、ターボお姉さんとの話に路線を戻すことにした。


「いや、ないよ、何にも。これでいいですか、えっと、ターボ……」


『ターボお姉さんよ、百クン! 昔はターボババアなんて呼んでた連中もいたけど、そう呼んでたやつは今のところ全員ブチ殺してるから!』


「え?」


 思わず、百は素っ頓狂な声で聞き返した。

 彼女のおかしな態度ですっかり忘れていたが、ターボジジイの源流となる噂は、このターボお姉さんことターボババアからだ。こちらはジジイよりも認知度が高く、派生の元となっている。それに伴ってかどうかは分からないが、遭遇した者が死亡した話は此方の方が圧倒的に多い。ぶち殺している、のもあながち嘘ではなさそうだ。


『それじゃあ、次は、所属する日本妖怪連盟と都市伝説課について説明するわね』


「あ、はい」


 驚く百をよそに、これまた平坦なテンションに戻った彼女は、話を続ける。


『物凄くざっくりと言うと、人間と妖怪、ひいては都市伝説の間で過剰な接触を防ぐ為の組織よ。妖怪は妖怪、人間は人間で住み分けして暮らしましょう、そのルールを破っちゃう妖怪や都市伝説を管理しましょう、って組織なのよ』


「接触を、しない? 都市伝説は人間を襲うのに?」


『あくまで広めた噂の範疇でね。私達都市伝説は――妖怪もなんだけど、噂や物語として生まれて、伝播されて、初めて生を受けて力を得る。百クンの言う通り、人間を襲ったり殺したりして恐怖を広めれば、力は強まるわ。けど』


「けど?」


『他の妖怪や都市伝説が住みにくくなるの。かつて妖怪が暗闇で幅を利かせていた時、人間は対策として街灯を辺り一帯に設置して、山を開発して、住処を奪った。妖怪連中は人を怖がらせるのには成功したけど、結果として生きる場所と恐怖を失ったわけね』


「それでまず発足したのが、日本妖怪連盟だ。妖怪の住む地域を守り、過剰な接触を防いで、かつ忘れられないように噂を広める、常にほどほどの関係性を保つ組織ってわけさ」


 要するに、人間から妖怪や都市伝説を隔離して、住みやすい環境を作る組織のようだ。これまで妖怪とは、人の噂で勝手に発生して、勝手に消滅していく存在だと思っていた百にとっては、全く驚くべき内容だった。

 しかも、ターボお姉さんの発言から察するに、殺人も必要最低限の範囲での行動らしい。人間など当たり前のように殺し続けているようではやっていけないご時世になっているらしく、妙な世知辛ささえ感じられる。


「それじゃあ、都市伝説も?」


『もちろん、例外じゃないわ。『赤い紙』が流行れば、古いトイレは取り壊された。放課後に人を襲う話が流行れば、保護者が子供を守り、人が住む地域が増えるのよ』


 なるほど、と百は頷いた。

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