第12話

 一瞬、百は自分の聴覚がおかしくなったのかと思った。

 それくらい大きく、尚且つ高い声が、百の鼓膜を針のように突き刺したからだ。アニメの声優のような甲高い声を知っていたのか、百以外は皆耳を塞いでいた。

 映画のCG合成で使われそうな真っ青な背景。その通話画面に映っているのは、黒いフォーマルなスーツを着た、長い黒髪の女性。

 前髪や顔の特徴が一切分からないのは、本来顔があるべき場所に、スケッチブックくらいの大きさの厚紙が貼り付けてあるからだ。表情が見えない代わりに、紙には小学生が落書きしたような簡易的な目と口が、ピンク色のペンで描かれている。今の表情は、三本の線でこれまた三秒くらいで描かれたような笑顔だ。

 上半身しか見えないが、全体的な体系はスレンダーなようだ。ただ、胸部が相当豊満なのか、スーツのボタンが今にも弾け飛びそうになっている。百の視線が何となくそちらに向いてしまっているのは、思春期故、仕方ないのかも。

 百の顔で機能しているのは、その目だけ。口は、ぼんやりと動くばかり。


「……えっと」


 そんな彼に対して、女性は大袈裟な身振り手振りを加えながら、話を続ける。


『ん? どうしたの百クン、固まっちゃって? あ、もしかして画面越しに私の美人オーラを感じ取っちゃった? うんうん、分かるわよ、年頃の男の子を会って十秒で虜にしちゃう私の魅力が罪ってことくらい。でもごめんね、私ってば顔を見せられないのよ、これにはふかーい事情があって』


 このまま話させれば、何時間だって話し続けるか、下手をすれば夜が明けてしまう。そう思ったのか、ターボがいつもとは少し違う、ちょっとばかりイラついたような口調で彼女の話を止めた。


「姉さん、さっさとオレ達と都市伝説課の説明をしてよ」


『あ、そうそう、そうだったわね! 私に惚れちゃう百クンがかわいくってすっかり忘れちゃってたわ! 美人で博識聡明でドジっ子属性もあるなんてもう、私の属性過多!』


 てへぺろ、とでも言いそうな調子で、自分の頭をこつんと叩くターボお姉さん。

 大袈裟にも程がある身振り手振りで喋り続ける彼女を呆れた目で見るのはターボだけではない。耳から手を離したてけとリカも、彼女の破天荒ぶりには慣れてはいるのだろうが、鬱陶しさと面倒臭さは据え置きのようである。


「ターボ、やっぱアンタ、アンタの姉に似てるわよ」


 てけのこの言葉が、その体現ともいえる。


「そりゃないでしょ、なあ、リカ?」


「…………似てる、よ」


「オォウ……」


 珍しく落胆するターボをよそに、急にフラットなテンションになった様子のターボお姉さんは、百に向かって話し始めた。


『まあ、冗談は置いといて。百クン、いろいろ聞きたいことはあると思うけど、まずは私達について紹介するわね……って、説明はいらないかしら?』


「さっき、ターボ君に説明してもらいました。ターボジジイ、てけてけ、三本足のリカちゃん人形、貴女も含めて、どれも『都市伝説』ですよね」


『あら、驚かないのね』


「さっき色々ありましたし、詳しいって自負くらいは、ありますから」


 同じくらいフラットな調子で返事をする百に、ターボお姉さんは驚いたらしい。

 らしい、と答えたのは、彼女の顔が紙で隠れていて、その表情が全く見えないからだ。もし、彼女がリカと同じくらい口下手な性格だったなら、それはそれで困っただろう。

 とにかく、百も、ターボが知る限りではそういった内容に関してのマニアだ。相手の正体を知っている安心感もあるが、先程の口裂け女との遭遇も含めて、驚くという感情がメーターを振り切ってしまっている点もある。


『それじゃあ、どれくらい詳しいのか、教えてもらえるかしら?』


 出題者の問いに、百は指を顎にあてがいながら答える。


「ターボ君は道路で走る車に並走する『ターボジジイ』、三ツ足さんは拾った人間に永遠に声を聞かせて発狂させる『三本足のリカちゃん』。見てくれは違うけど、合ってるよね?」

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