第8話

 眼前に死が迫っているのに、百はまだ平静だった。『あの言葉』を言わなければ高確率で死なないと知っているもの理由だが、都市伝説に多少なり詳しい自負と、色々と試してみたい好奇心とが、どうしても優先されてしまうのだ。

 百は淡々と告げる。口裂け女は、変わらず同じ言葉を投げかける。


「私、キレイ?」


 こう問われれば、百はこう返すほかない。試してみたかった、あの台詞だ。


「ふつうです」


 口裂け女は、一瞬だけ戸惑った。だが、直ぐに平静を取り戻し、もう一度言った。


「キレイ?」


 となると、返答のパターンを変える必要がある。


「まあまあです」


「キレイ?」


「平均的です」


「『キレイ』?」


 目に見えて、口裂け女が苛立っているのを、百は感じた。

 なるべく多くのパターンを試しておきたかったが、この質問で殺される類の噂もある。だとすれば、ここから先は、安全な策を取るべきだ。

 つまりは、あの『整髪料』の名前だ。


「ええと――」


 やや間を開けながら、百がその言葉を口にしようとした、その時だった。


「――よーし、ここは語部クンに代わって、オレが答えてあげようじゃないか!」


 直ぐ後ろから、この場に不似合いなほど快活な声が響いてきた。

 そうしていきなり百の顔の横にぬっと現れた金髪を、百は知っていた。その喧しく、どうにも厄介事を引っ提げてきそうな声も、知っていた。

 にかっと歯を見せて笑っているのは、間違いない、ターボだ。

 一体何を言おうとしているのか、何も知らないのならあまり余計なことは言わない方がいいし、下手をすれば命に関わる。そう思った百が慌ててターボの口を塞ぐか、黙っているように言おうとするよりも早く、彼の神速の口は、すっぱりと言った。


「はっきり言うけど、ブスだよ、お姉さん」


 恐らくは最も言ってはいけない言葉を、平然と。

 いわゆる禁句を、いとも容易く、平然と。

 あまりにさらりと言われたので、口裂け女もどう対応していいのか分からないのか、いきなり妙な挙動はしなかった。無言に徹する彼女よりももっと慌てたリアクションを見せたのは、そう言ったらどうなるかを知っている、百の方だ。


「お、おい、それを言っちゃ……」


 困惑する百が振り返ると、やはりそこにいたのはターボで、してやったといった表情でふんぞり返っている。しかも、こちらの意も介さず、さらに禁句を言い放つ気だ。


「いいんだいいんだ、オレに任せてくれ、語部クン! 言いにくいことがあるのはわかる、オブラートに包みたい気持ちもわかる! でも人生には現実をはっきり伝えてやるのが大切な時もあるのさ!」


 百の前に掌をかざし、オレに任せておけと言わんばかりの態度。その行動が何を意味するのか知っているのか否かはともかく、任せておける理由がない。

 ないのに、ターボはべらべらと話し続ける。その口にどうやって蓋をすればいいのか百がどうにか考えているから、彼は気づかない。口裂け女の顔が、段々と歪み、怒りで青白く染まっているのに。


「そんでもってお姉さんはブスだ、どう見てもブスだ、遠目に見ればちょっとは変わるかも、駄目だ、やっぱりブスだよ、ブスのレッドカーペットを歩けるよ、ブスオリンピック略してブスリンピック日本代表目指せるよ、お姉さん!」


 そこまで言い切って、ターボは茶目っ気たっぷりにウインクをした。

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