第4話
それは昼食も食べ終わった昼休みのことで、普段なら三人ともいなくなり、百は顔を突っ伏して寝ているか、趣味に関する本を読んでいる時間帯だ。実際、百はお弁当箱を片付けて、通学鞄から本を取り出そうとしていた。
そこに、いつの間にか教室の中にいた、金髪の男子生徒が声をかけてきた。
それも、旧知の仲であるかのような馴れ馴れしさで。
よく見ると、教室の入り口の辺りに、他の女子生徒二人も立っている。まるで、男子生徒が百との会話を成功させられるか監視しているかのように、車椅子の少女も、ブロンドの少女も、じっと百と男子生徒を見つめている。
あまりに唐突な事態に、百は状況を把握しきれなかった。しかし、男子生徒は百の様子などお構いなしといった調子で、まるで機関銃のように会話を続ける。
「君さ、『口裂け女』の噂って知ってる? ああ、いや、昭和の頃に流行ったやつじゃなくて、先月くらいから伊佐貫市で噂になってるやつね! オレさ、あの噂に興味があるんだけどさ」
「え、いや、えっと」
「語部クンってそーゆーのに詳しそうじゃん? なんかさ、前からずっとその手の本読んでるのオレ見てたし、語部クンもキョーミあるのかなって思ってそれでさ」
「いや、だから、その」
「ああ、ああ、大丈夫だいじょーぶ! 今すぐ話を聞きたいってわけじゃないし、気が向いたら口裂け女のこと教えてよ! オレは暇なときは屋上にいるし、なんなら電話してくれたっていいぜ、ホラ、オレのケータイ番号だけど――」
百の言葉など一切合切無視して、男子生徒が自分のポケットからスマートフォンを取り出そうとした時、ようやく会話に仲裁が入った。
「いい加減にしなさい、ターボ」
「痛でっ!」
通学鞄で男子生徒の後頭部を殴打したのは、車椅子に乗った女子生徒だ。
いつの間に彼の後ろに近づいたのか。彼女が車椅子で移動している以上、車輪が回る音がするはずなのに、百の耳には何の音も入ってこなかった。まるで瞬間移動でもしたかのように、もう一人の女子生徒を置いて、彼女は男子生徒の後ろにいたのだ。
「てけ、通学鞄はないだろ、通学鞄は! 危うく頭が真っ二つだよ!」
「余計なことを話しすぎんの。しかも本題も聞けてないし」
やけにとげとげしい口調でターボと名乗る生徒を叱りつけた彼女は、今度は同じくらいきつい視線を百に向けて、これまた同じくらいきつい口調で言った。
「アンタもぼさっとしてないで、質問されたんならさっさと答えなさいよ」
「口裂け女のこと?」
「だから、さっきからそう言ってるでしょ。これだから人間って嫌なのよ、グズで、マヌケで、話も通じやしない。分かってる? アンタのことよ」
「はあ……」
随分と高圧的で、『人間』を見下したような態度だ。
分かって言っているのか、もしくは生まれついての性格なのか、いずれにしても、人にものを尋ねる態度ではない。ともかく、こんな質問――または尋問をされれば、返事をする気にだってなれない。
百が返事にもたついていると、彼女は呆れた様子で首を横に振った。
「なんか、返事の一つとってもムカつくわね。そう思わない、リカ?」
「あ、あの、えっと、あうう」
遠く離れた少女は、車椅子の女の子に話しかけられると、恥ずかしそうに扉の後ろに下がって、身を隠した。アニメや漫画で見るような、絵に描いたような恥ずかしがり屋のリアクションに、車椅子の女の子はもう一度、呆れたように首を振った。
「人間相手に恥ずかしがる必要なんかないでしょうが、まったく。それで、口裂け女について、アンタどれだけ知ってるの?」
「別に。みんなと同じくらいだよ」
「そんなワケないでしょ、くだらない嘘ついてんじゃないわよ。アンタについての調べは済んでんのよ、知ってること洗いざらい吐きなさい」
なんだか腹が立ってきて、つい、百は口を尖らせて反論した。
「教えてほしいなら、なんでお願いしますの一言もないのさ」
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