第2話

 彼――語部百が住むK県伊佐貫市は、都会というほど発展しておらず、田舎と呼べるほどのどかでもない、どこにでもある都市だ。

 総面積十五平方キロメートル、総人口約九万人。

 市の中心部は、月の宮駅周辺に最近開業した『月の宮ショッピングモール』で賑わう一方で、都市部から離れた東部の山沿いにある開発途中で頓挫したリゾート地の残骸や、十年以上前に閉店したまま解体もされていないデパートの跡地等、田舎と呼ぶにふさわしい地域も多い。都会に移り住む者も多く、人口は減少の一途。


 市内にある高校は三校。そのうち百が通っている高校は、都市西部にあるきさらぎ町の、市立きさらぎ高等学校だ。

 設立から六十四年。総生徒数五百十三名、うち男子が二百七十二名、女子が二百四十一名。最寄り駅は電車、バス共にきさらぎ駅。周辺を林に囲まれた静かで学習環境に恵まれた普通科高校というのが売り文句だが、都市部に近い月の宮高校、最近設立されたかたす学園高校の人気のせいで影は薄い。

 制服は、男子は今時珍しい学ランとワイシャツに黒のズボン、女子はネイビーのブレザーにライトブルーのシャツ、グレーとネイビーのチェック柄のプリーツスカート。女子の制服はともかく、学ランの不人気さも、生徒数が年々減少している理由の一つでもある。


 そんなきさらぎ高校に百が入学して、一か月が過ぎた。

 身長百六十センチ、体重五十二キロ。家族構成は父、母、妹が一人。ペットは飼っていない。顔つきは童顔だが三白眼。やや猫背気味。中肉中背。バツ印を描くような前髪、ぼさぼさの天然パーマの黒髪、太い黒眉と黒縁の大きな丸眼鏡が特徴。制服は改造していない。基礎体力は低めで、自転車を少し漕いだだけでも息切れする。

 評価としては、ありふれていて、ごくごく普通で、一般的な新入生だ。

 他の生徒には入学早々問題を起こしたり、通学時に校門で風紀委員から制服チェックを受けていたりした者もいたが、百に限っては、そんなトラブルは一度もなかった。かといって周囲の注目を受けるような優等生かと言われれば、そうでもなかった。

 生来の内気な性格が災いしてか友達も出来ず、かといって部活にも入らず、ゴールデンウィークは自宅で過ごして、中間試験はほどほどの点数を取る予定。休み時間は趣味にちなんだ本を読み、授業が終われば寄り道もせずに自宅へ一直線。


 傍から見れば退屈極まりない生き方をしているようにも見えるが、百にとってはこの生き方が一番性格に合っていた。自身のことは根暗で大人しい人間だと知っていたし、その殻を無理に破る気は毛頭なかった。

 小中学校とこの性格だったし、大きなトラブルに巻き込まれたこともなかった。これまでも変わらなかったのであれば、これからも変える必要など一切ない。百は本気でそう思っていた。

 周囲のその雰囲気を察していたのか、いじめこそしなかったが、特に彼に触れもしなかった。彼はいない者であるかのように扱われつつあったが、それでもなお、百は気にしなかった。むしろ、唯一の心の拠り所、生きる理由でもある『趣味』さえ奪われなければ、人々の無関心はありがたいとさえ思い始めていた。


 入学から変わらない、変わるはずのない生活。

 そんな平坦な学園生活のうち、五月が過ぎようとしていた時。

 百はふと、気づいた。

 というより、四月からずっと感じていたその違和感に気づいた。

 この教室に、クラスメートではない、誰かがいる。

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