Ⅷ 朝餉のじかん
彼は数十分もすると、プレートを片手に部屋に戻ってきた。
依然ソファーに座ったままの私を一瞥すると、彼はそのプレートをテーブルに置いた。
湯気が立ちのぼるエッグベネディクトは、少々不格好だが、卵がふわふわでとても美味しそうだ。
二日酔いでなりを潜めていた食欲がむくむくと湧いてくるのを感じる。
「……普段なら料理はほとんどしないが」
私の様子を伺うように、彼は言った。
私のために作った。そう解釈して良いのだろうか。
彼が視線で食べろと合図をしたので、ありがたく料理に手を伸ばした。
口に含むと、卵の甘みとベーコンの香ばしさが口いっぱいに広がった。
かと思ったら、トーストの裏は大分焦げていたようで、後味はほんのり苦かった。
しかしそれ以外は素朴な、美味しい家庭の味だ。
私の反応を盗み見る彼と目が合った。
自然と笑みが零れた。
この悪魔のような男は、ひとりの小娘のために普段しない料理を頑張って、トーストを焦がしてしまっているのだ。
そう思うと、なんとも……可愛い。
「…美味しい」
そう言うと彼は心底安心したように、目尻を下げた。
まるで普通の男の人だった。
朝食を終えると、私はこのリビングを初めて出た。
キッチン、トイレ、お風呂、彼の部屋。
彼はこの家の一通りの場所を案内し、さらに私のための寝室まで用意していたようで、本当に私の面倒を見るつもりなのかと思い知った。
そのとき感じたのは恐怖か、絶望か、よくわからなかった。
朝食の前まで死ぬかもしれないと焦っていたが、気が抜けてしまったのかもしれない。
毎日が憂鬱だったし、帰るあてもない。
こうやってこの悪魔と暮らしても、その方がよっぽどいいのかも。
ここにいれば、時間を気にする必要も無いのだ…
…一瞬、そう思った。
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