Ⅵ 悪魔と天使

「……呼んだか、私の天使アンジェラ




一瞬思考が停止して、今度こそ背筋が凍った。



夢に出てきた悪魔がこうして私の肩を抱いているのだから。


声が出ない。何故ここに彼が。



彼は私の髪を撫で、ひどく優しい声でもう一度アンジェラと囁いた。



いくら状況が分からないといえど、これだけは嫌でも理解出来た。


私が自らこの家にたどり着いた訳では無いということだけは。



そうだとしたら、私はこの悪魔に拉致されたことになる。


彼の口振りからして、おそらく簡単にはここから逃げられないだろう。最悪の状況だ。どうしよう。


私にはどうしようもできない。




私が怯えているのを知ってか知らずか、それとも満足したのか、彼は腕を解き、私の正面に来て昨夜の話をしてくれた。



曰く、私は酔っ払って出歩いていたら彼に出会い、そのまま気を失って彼に介抱されたらしい。


ひとまず何かされたわけではないと知って安心した。



だがそれもつかの間、夢だと思っていたのは現実だったというわけで、あの時の小っ恥ずかしい口説き文句(?)を思い出して思わず顔を覆った。





どうした、気分が悪いか。





悪魔はこっちの気も知らず、私の手を掴んで退けさせた。



赤い目が、じっとこちらを見つめている。


その宝石のような目からは、何を考えているのかは読み取れない。




…こうやってよく見ると、この悪魔、本当に綺麗だ。つい見入ってしまう。




「……怖くないのか」




この状況のことか、それとも自分自身のことか、それ以前に言葉の意図が分からず私は首をかしげた。



こわいに決まっている。



それでも、何故か彼の赤い目を見るとそういうものも全て脳みその底に沈んでいった。


美しさとは恐ろしいものだ。





なおも私が彼を見つめるので、それを肯定と受け取ったようだ。




「やはり、お前は天使アンジェラだ。私を受け入れてくれるのはお前しかいない」




……待ってほしい。先程から言うその“アンジェラ”とは一体……?





「お前が私を悪魔ディアボロと言うのなら、お前は天使アンジェラだろう。

愛しい天使よ、天から落ちてきてさぞ痛かったことだろう」




これからは私がお前の面倒を見よう。









10分。この部屋の時が止まった時間である。

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