Ⅳ 殺意と愛と酩酊と
あと数秒で殺される。
しかし、当の千景は声もあげず目の前の悪魔のような男に見入っていた。
そしてはっと思い出したかのように瞬きをすると、彼女はやっと声を漏らした。
「きれい……」
彼女はうっとりと目を細め、男の頬に触れようと手を伸ばした。
美しい
すっかり出来上がってしまっていたのだ。
危機的状況で、千景は酩酊状態にあった。
しかし結果これが命拾いになったと言っていいだろう。
男はその目を見開き、ナイフを動かせずにいた。殺気は消えていた。
__あなたは、私をきれいに殺してくれる?
きっと神さまが私にあなたを寄越したんだよ。
どうしようもない私を憐れんで、殺してくれようとしているの。
そう言ってまたうっそりとした眼差しを向ける女に、表情は変わらずとも、彼の心は掻き乱されていた。
現にこの男は類まれない悪人であり、これまで何度もその手を血に染めてきたのであった。
それでも、いやそれゆえか、
話しかけることすら躊躇する恐ろしい見た目の自分を美しいと言ったこと。
そんな女が、命乞いをするどころか殺されることを望んでいること。
それらに悪魔のような男はひどく動揺した。
そして、あろう事か男はこの女を殺すには惜しいと、殺したくないと思っていた。
そう、悪魔の心は既にこの酔っ払いに奪われていたのだった。
しばらくして男はすでに力の抜けかけている彼女を抱え、住処に連れ帰った。
かろうじて弾力のあるソファーにすやすやと呑気に寝息を立てる女を寝かせ、ブランケットをかけると、恍惚としてその髪を撫でた。
憂鬱と殺意と愛と、酩酊と。不揃いな感情が入り交じった奇妙な一夜のことだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます