Ⅲ 悪魔が降りた夜
道の向こうに人影があるのに気がついた。
暗くてよく見えないが、近づいて来ている気がする。
酔いが回って遠近感覚が保てない。
私はバランスを崩し、その場にへたりこんでしまった。
月明かりが、遮られた。
「感心しないな。こんな男に近づかれて逃げないなど、殺して下さいとでも言っているようなものだ」
その男は殺気を隠そうともせず、私を真正面から見下ろしていた。
いつの間にこんなに近くに来たのだろうか。
二重に重なる視界で、私は彼の容姿を捉えた。
2メートルはありそうな背。
いくつもに束ねられた、ちぢれた黒髪。
血のように赤い瞳孔。
そして、
月光に反射するナイフ。
悪魔のようだ。回らない頭でそう思った。
そのいかにもな風貌は、これまで何人もの人間を恐れおののかせたことだろう。
男は千景の首元にナイフを当てた。
その金属反射は、悪魔の赤い瞳を爛々と光らせた。
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