第3話 そんなに大声で喧嘩しないで。お巡りさん来ちゃうから! らめぇ!!
「あー、えっと? とりあえず今日はもう、帰って欲しいっていうか」
今日どころか明日からも来ないで欲しいっていうか?
こちとら鬼の15連勤が身体を痛めつけてもはや満身創痍なのだ。
つまり死ぬほど疲れている。実は頭も上手く回っていない。どうでも良いから寝たい。
腹は減っているし風呂も入りたいのが本音だけど、それより何より寝たい。
クソ社長と来たら経営が上手く行ってないか何か知らんが安くて納期が短い仕事ばかり引き受けやがって。
三交代に連日輪転機フル稼働だ。
疲れからか同僚はみんな殺気立っていて、久々の休みに入るってだけで鬼の形相で睨まれて精神的にもしんどい。
もうやだ。仕事辞めたい。
もっとのんびり稼げる職場に移りたい。
いくら業界全体が虫の息だからって、こうまで職場環境が悪化するとか誰が予想できたよ?
大手ならまだしも末端の町の印刷工場なんざ吹けば消し飛ぶ蝋燭みたいなもんだ。
安かろう早かろう雑であろう仕事を数多く受注して、無理やりにでも工場を稼働させなければ来月にでも全員路頭に迷うのは目に見えている。
だからみんな文句を言いつつも真面目に仕事に来ているのだ。俺だって本当ならバックれたい。
今年の春に入社した新人の内の何人かみたいに、連絡取れずに消え去りたい。
ああ、そういやバックれた奴らが残していった寮の掃除もまだしてなかった。
休み明けにでもやらねばならんか。
なんでテメエ勝手に逃げた癖に、荷物だけは送り返せとか連絡して来れるんだろうな。
初対面じゃオドオドしてて気の弱そうな奴らばかりだと思っていたが、実は面の皮の厚さが俺の想像を遥かに超えていたらしい。
F○○K OFFだぜ。
寮の掃除なんざ本来の俺らの仕事じゃねぇだろ。
これじゃなんの為に高い金払ってまであの煩くて寝られない寮から逃げ出して来たのかわから──────。
「そ、そうですね。ほらお姉ちゃん、帰ろ?」
おっと、仕事の事を考えると心が暗黒面に容易く堕ちてしまう。
「え? 帰るって、お姉ちゃんのお家はここだよ☆」
「お姉ちゃん、敬太郎さんに迷惑がかかってるでしょ? ね? お願いだから、明乃と一緒にお家帰ろう?」
「だから、お姉ちゃんはここに住んでるんだってば」
「お姉ちゃん。違うよぅ。お姉ちゃんと明乃のお家はここじゃないよぅ。もう、お願い。しっかりしてよぅ」
「違うの。けーくんとお姉ちゃんは──────」
「お姉ちゃん!! もう! もう、本当に! 違うってば! ここじゃないってば!」
あ、あの。明乃ちゃん?
ちょっと落ち着こう。な?
「な、なんで明乃、怒るの? お姉ちゃんは、柚明は、けーくんと一緒に、ここに」
「もう嫌だよぉ! なんでお姉ちゃんっ、変なこと言うの!? 明乃、もう分かんないよぅ!」
中学生が髪を振り乱しながら、俺の部屋で大声で叫んでいる。
半狂乱とはこのことだろうか。
お姉ちゃんのおかしさばかり目立っていたが、どうやら明乃ちゃんもかなりメンタルが参っている様だ。
「だ、だって! 本当にお姉ちゃんのお家はここなんだもん! けーくんと一緒にここに住んで居るんだもん!」
「違うよぉ! お姉ちゃん、この二年間ずっとあのお部屋から出て来なかったじゃん! たまに出て来たと思ったら、色んな物を投げて壊したり! 佐倉さんだって、それが怖いからお手伝いに来てくれなくなったじゃん! ここじゃないの! お姉ちゃんの家は、ここじゃないの!」
「なんでそんな酷いこと言うの!? お姉ちゃんは──────柚明はあんなとこに閉じ込められるのもう嫌なの! けーくんとここにずっと居るの! 嫌ぁ! もう全部嫌だぁ!」
「嫌なのは明乃だよ! ねぇ、元のお姉ちゃんに戻ってよぉ。お願いだから、優しくてなんでもできた、明乃のお姉ちゃんに戻ってよぉ……ひぐっ、うぇえええ」
ま、また泣くんかい!
ヤバイ、そろそろ近所に通報されてもおかしくない騒ぎになって来た!
今警察とかに見られたら、俺は間違いなく捕まる! いや、事情を話せば──────話すも何も事情を知らないんだが──────捕まることは無いかも知れんが、間違いなく長時間拘束されて俺の貴重な休みが潰れてしまう!
えっと、どうしたら穏便に事を収める事ができる!?
考えろ、無い知恵振り絞って考え──────そうだ!
「えっと! お姉ちゃ──────柚明ちゃんだっけ? そうだよ! 俺柚明ちゃんの実家に挨拶とか行ってなかったよね!? 一度ご拝見したいと思ってたんだよなぁ!」
とりあえず俺の部屋で大騒ぎするのだけは阻止しよう。
なんとか場所を姉妹の家に移したら、あとはなんとかなるだろきっと!
「けーくん……」
「敬太郎さん……」
柚明ちゃんと明乃ちゃんが両目を見開いて俺の顔を凝視している。
「な、なっ? み、見てみたいなぁ。きっと立派なお家なんだろうなぁ。柚明ちゃんのアルバムとか、ほら、思い出とかさぁ。あるでしょ?」
苦しいか? 普通に考えて見ず知らずの男を家に連れ込むとか、駄目に決まってるよな?
親御さんとか変な顔するだろうし。
「──────えっとね! 確かお部屋にね!? 中学の時にピアノのコンクールで優秀賞を取った時の写真がね! あ、明乃! あの写真どこにしまったんだっけ? ほら、お姉ちゃんと一緒に海に行った時の写真! あの時の水着可愛かったよねぇ!」
「う、うん! あるよ! リビングのアルバムにあるから、敬太郎さんに見せてあげよ!?」
「そっか、じゃあけーくん行こ!? きっと柚明に惚れ直しちゃうぐらい可愛いんだから! 明乃ほら早く!」
柚明ちゃんはぴょんぴょんと飛び跳ねながら、明乃ちゃんの右手を両手で掴んで玄関へと引っ張って行く。
「ま、待ってお姉ちゃん! せめて下だけでも良いから隠して!」
あ、待ってそれ俺のバスタオル……行っちまった。
部屋の玄関扉がバタンと閉まり、姉妹の姿が見えなくなった。
ふぅ、我ながらナイスな判断だったぜ。
これでようやく、俺の休日がスタート──────。
「けーくん! 早く早く!」
──────しないよね。そうだよね。行かなくてもバレないと思ったんだが、そうは問屋が卸さないよね?
閉まったと思ったらすぐに開いた扉から、柚明ちゃんがひょっこりと顔を出して満面の笑みを浮かべて俺を呼ぶ。
「あ、ああ。今向かうから」
「アパートの下で待ってるね!?」
もう、どーにでもなぁれ☆
とりあえず財布とスマホ、そして家の鍵だけを持って俺は玄関へと向かう。
あ、そういや作業着のままだったや。まぁ良いか。知らん。
壊れた彼女と疲れた俺で、まるで地獄の様なラブコメを 〜歪な恋愛をキミと踊ろう〜 不確定ワオン @fwaon
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