第2話 JCに土下座されるとか、どうしたら良いかわかんないんだけど止めてくんない?

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「本当にごめんなさい!!」


 黒髪のボーイッシュがとてもよく似合う制服姿の美少女が、俺の部屋の床の上で土下座をしている。


 シュール、いやそれを通り越してもはや恐怖。

 その隣では何が起こっているのかさっぱり理解していない顔で、呑気に微笑んでいるボサボサ髪の黒髪美少女が同じ様に正座をしている。

 ワイシャツの首元までをきっちりと閉めてはいるが、その下はブラジャーはおろか肌着すら身に付けていない。

 男物だったのが幸いして下半身はかろうじて見えていないが、俺の視線が胸元にチラチラ行くぐらいには自己主張が激しい突起に正直困る。


 この光景だけで俺は一体いくつぐらいの罪に問われるのか。


 試しに俺の罪(オール冤罪)を数えてみたが、絶望がゴールで待っていたのですぐに考えるのを止めた。


 成人男性と未成年女性二人では、どう頑張ったって前者の方が社会的にも民衆感情的にも分が悪いだろう。


「あ、ああ」


 謝られているはずなのにこんな間抜けな返事しかできないのが、俺が今いかに事態に追い詰められて狼狽しているかを物語っていた。


「姉がっ、姉がほんっとうに大変なことを! 割った窓ガラスは弁償して元どおりにしますのでどうか警察だけは! 警察だけはご勘弁を!」


「あ、あの。えっと。とりあえずガラスの破片とかあったら危ないから。土下座とか良いから状況の説明を。その、困るから」


「大丈夫だよけーくん。割れてたガラスは全部綺麗にお掃除したから☆」


 割れ『てた』じゃなくて割『った』んでしょ?

 そこに落ちてるめちゃくちゃデカい玄能げんのうで。


 割れたのがベランダに繋がる大きな窓じゃなくて、採光用の比較的小さい窓で良かったと捉えるべきだろうか。

 いや、良かったもクソも無いんだが。


「あのねー☆ 畳の目に入ったガラス片はちゃんと畳を持ち上げてねー? 掃除機でガーっとやる前にホウキでねー?」


 なんでガラスを割って不法侵入した張本人がその掃除までしてんの?

 え、て言うか畳持ち上げたの? だから俺の服とか荷物とかテーブルが隅っこに追いやられてんの?

 ん? ちょっと待って?

 もしかしてこの、かなり前からこの家に居たってこと?

 畳を持ち上げて徹底的に掃除するとなると、1時間やそこらじゃ無理だよね?


 いやもう何この状況。俺疲れてるんだけど。腹減ってるんだけど?


「お姉ちゃん! お姉ちゃんも敬太郎さんに謝って! この窓お姉ちゃんが割ったんだよ!?」


 土下座の状態で首だけを動かし、姉に向かって大声を上げる妹。


 て言うかなんでこの子も俺の名前を知ってるんだ。


 当の姉と来たら小首を傾げて不思議そうな顔をしていた。


「やだなぁ明乃あきのったら。なんでお姉ちゃんが自分ちの窓を壊さないといけないの?」


「ここはお姉ちゃんのお家じゃないでしょう!? お姉ちゃんの家はこの道を挟んで向かいにあるの!」


「明乃は相変わらず天然なんだからぁ☆ お姉ちゃんとけーくんのお家はここ。このアパートで二人で一緒に暮らしてるんだよ? あれ、でもおかしいなぁ。一緒に選んだ食器棚、けーくんどこにやったの? それにベッドも。お揃いの枕は? あれ?」


 やだ何この子怖い。

 こんな狭い部屋で食器棚なんか置くわけないじゃん。

 6畳一間舐めんなよ? 狭すぎてベッドすら置けないんだからな?

 そもそもこのアパートは古いし安普請すぎてギシギシ音が鳴るから、ベッドなんか置いたら床が抜ける可能性すらある。万年床の煎餅布団とか言う「あれ今何年だっけ? 昭和?」と疑いたくなるのが俺の部屋だ。


「えっと、明乃ちゃん……で良かったっけ?」


「は、はい。いずみ明乃あきの。中学三年生です」


 お、おう。中学生かよ。ヤベェ、俺の罪がさらに深くなってきた。


「あ、あのさ。こう言っちゃ悪いんだけどさ。君のお姉さん……えっと、あの、頭が……」


 言っちゃ悪いとか前置きしといて、本当に気の毒に思えてしまってその先が告げれない。


 本人とその家族を前にしてとても言いづらいが、この子の頭はおかしい。


 一回しか面識の無い俺に惚れ込んだまでは、まぁ一目惚れって事でなんとか納得できなくもない。

 そもそも多少ヨレヨレだが一応とても美少女なJKが、安アパートにその日暮らしをしている社会の底辺=俺に一目惚れするとかいうのがまずもってファンタジーなんだが、それはこの際一度置いておくとして。


 どうやらこの娘───柚明ゆあちゃんの脳内では、俺と初めて会った二年前から今日までの日々が美しく捏造されていて、心の底からそれを信じきっている様に見受けられる。


 どこをどう切り取っても、どんなに好意的に捉えたとしても、普通の状態とは思えない。


「あ……あの、そうです。はい」


 さすがに実の姉を前にしてはっきり言うのが躊躇われたのか、女子中学生は口の中で言葉をモニョモニョと含みながらようやく頭を上げた。


「お姉ちゃんは、あの……二年前から少し病んでいまして。ここ1年は家から──────と言うよりお部屋からもなかなか出て来れない状態だったんです。ご飯の時とトイレの時以外はずっとお部屋に篭ってて、なのに……今日私が学校から帰って来たら家のどこにも居なくて……」


「えー? お姉ちゃんはけーくんに嫁いだからあの家に居るわけないじゃん☆ ずっとこの家でけーくんと一緒に居たんだよよ? やだもー明乃は本当に寂しがり屋さんなんだからぁ☆」


 ツンツンと妹の額を左手の人差し指で突きながら、姉は妹に優しい表情で笑いかける。


「うっ、ううっ、えぐっ、お姉ちゃんっ。もう最近はっ、現実と妄想の区別もっ、ひっく、つかないみたいでっ。家に居ないって、気づいた時はっ、どっかで倒れてるんじゃっ、無いかってっ」


 明乃ちゃんはそんな姉の姿を見て、どんどんと瞳に涙を溜めて泣き始めた。


「明乃、どうしたの? どこか痛いの? 大丈夫? お姉ちゃん、ここに居るよ? 怖くないよ?」


 泣き出した妹をあやす様にして、裸ワイシャツの姉は両手を広げて優しく抱きしめる。

 汗ばんで透け始めたシャツはもはや白よりも肌色に近く、熱で火照っている彼女の体をはっきりと浮かび上がらせて居た。


「うえっ、お姉ちゃんっ。無事でっ、良かったよぉっ。うぇえええええええっ」


 ついに感情を堰き止められなくなったのか、明乃ちゃんは幼い声で嗚咽しながら姉の

胸に顔を埋めた。


 ああ、神様。

 俺が何かしましたか?


 粉々に粉砕されて消滅してしまった窓。

 壁際に追いやられた荷物や布団やテーブル。

 いつもの場所に置かれていないテレビに冷蔵庫。



 そして片方はヘラヘラ笑い、片方はワンワン泣きながら抱き合う二人の姉妹。


 一体この状況で、俺に何をしろと仰られるのでしょうか。


 ああ、神様。

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