第5話 朝ごはんと魔導硬貨と畑耕し

 

 そとから小鳥のさえずりが聞こえる。

 ドアの隙間からは光が差し込む。


「朝になってしまった……」


 結局のところ、昨晩は一睡も出来なかった。

 

 全部、デブへびのせいだ。

 本当に勘弁してほしい。


 ベッドの上から物音がする。


「ふわあ〜。……あ、ダルクくん、おはよう。昨日はよく眠れた?」


「…………快眠だった。こいつのおかげでな」


 俺は掛け布団の膨らみを指差す。


 二段ベッドからはしごを使って降りて、フェイが扉を開けると、暗い部屋に多量の光が差しこんできて、俺は顔をしかめた。


「これいるか……?」

「いる!」


 俺はかけ布団をめくり、すっかり気持ちよさそうにまるまった、ふとったヘビをフェイへと手渡した。


 フェイは嬉しそうだわ

 

 手乗りカゼノコ。


「朝早いんだな……」

「わたしはご飯を作るんだよ。ここにいるみんなは、料理が得意じゃないから、ね」


 フェイはカゼノコを抱きしめ、化粧台のまえに座ってバサバサになった髪の毛をくしでとかしはじめる。


 女子の朝支度を見るのは、なぜだか背徳的な気分になったので、俺は彼女から視線をそらすことにした。


 だんだんと、眠気が襲ってきてくれた。


 命の危険が完全にさったことで、ようやく体が安心できたようだ。


 俺はしばし、睡眠を取り戻すことにした。



 



         ⌛︎⌛︎⌛︎





 次に目が覚めた時。


「わふっ、わふぅっ」


 俺は肉球で顔を圧迫されていた。


「わかった、わかったから……今、起きる」


 仔犬の頭をなでて、ベッドから出る。


「ふわあ〜」


 伸びをしながら、暗い部屋の扉を開ける。

 視界内の光量がいっきに変わった。


「この部屋、窓つけたほうがいいんじゃないか……」


 家の改築案を頭の端に浮かばせ、足元をうろちょろするヴィルを踏まないようにして、俺は階段をおりる。


 リビングには誰もいなかった。


「みんなどこ行ったんだ」

「わふっ、わふ」


 一度、2階にもどり、アクナとヒアラが昨晩寝たと思わしき部屋をこっそり開ける。


「誰もいない……」


 俺はリビングに戻った。


「なんか置いてあるな」


 机のうえに書き置きがあったので、手にとってみる、


「『ご飯食べたら、家の裏に来てね』……か」


 机のうえに置かれた皿。

 フェイが作ってくれた朝食らしい。


「いただきます」


 たまご、厚切りベーコン、パン。

 それと、謎の野菜が少し。

 薄味のスープもついている。


 どれも冷めてしまっていたが、十分に素材の味が引き出された逸品であった。


 これでも俺は貴族だ。

 それなりに美味しいものは食べてきてる。


 しかし、それにしても、この味は、


「美味しいな……」


 俺はしょぼしょぼする視界を擦りながら、あっという間に朝食を食べ終え、食器をしみじみと見下ろした。


 なんでだろう。


 今まで、旨いものは結構食べてきたつもりだったけど……こんな優しい料理には、出会った事がなかった。


「料理に優しさを感じるなんて、な……ぅ」


 なぜだか、目頭が熱くなっている自分に気がつき、俺は顔をおさえる。


 非日常的この穏やかさがそうさせたのか、すり潰されそうな日々からの解放がそうさせてくれたのか、俺にはわからない。


「ぅぅ、なんだよ、なんで、俺、朝食が美味しかったくらいで……っ」


「わふぅ、わふぅ」


「悪い、お前のぶんも食べたかも…」


 俺とは違う理由で、悲しそうに声あげるヴィル。


 今度はこいつにも、フェイのつくった感動を分けてやろう。


「ごちそうさまでした」


 俺はキッチンらしき場所を探して、食器を片付けて、洗い、拭いておく。


 ブラックワン領を視察しに行った時、食事を振る舞われたのだが、その時に貴族だからといって皿洗いはしなくていいと、言外に「どうせ皿洗いなんて出来ないだろ? いいご身分だからな、このカス!」と、痛烈にあなどられた事がある(※本人談)


「あれは許せなかったな。俺にも皿洗いくらいできるっての」


 昔のことを思い出しながら、ひと通り後片付けを終える。


 皿はどこにしまうのかわからなかったので、机のうえにまとめて置いておいた。


 次に、顔を洗いたいと思い、洗面台を探したが、どうにも家の中には無いらしい。


 あるいはふさがった扉の先にあるのか?


 この家には謎の扉がたくさんあるが、どれもその先は″煉瓦れんがの壁″でふさがれてる事が多い。


 前の家主がとしか思えない不便さだ。


 何の目的があったのか……。


 頭を悩ませながらも、とにかく現状は洗面台が使えないのはわかった。


「外にいってみるか。フェイたちは家の裏だったか?」

「わふぅ、わふ!」


 元気に駆けて案内をしてくれるヴィルに連れられ、俺は家の裏手へとむかう。


 今しがた出てきた家を見上げてみると、夜ではよくわからなかった、その全貌が明らかになった。


 どうやら、俺たちの家は巨大な霊木れいぼくと一体化しているらしい。


 地上に古民家が建っているのだが、一部が巨大な幹に飲み込まれていて、民家の半分ほどが木の上にさらわれてしまっている。


 昨日のアクナの説明を聞くかぎり、彼女らもこの『いずみ魔術工房まじゅつこうぼう』にやっきてから、それほど時間を過ごしていないらしい。

 必然的にこの家は、以前、この土地に住んでいた者の残したものという事になる。


 木のうえに小屋が乗ってるのではなく、家と木が融合して内部空間をつくっている。


 つまり、真ツリーハウス。

 と言ったところだろうか。


「どこの物好きが、こんな家建てたんだろうな……様式がアーケストレス王都のものとは、だいぶ趣が異なってるが」

「わふっ、わふぅ」


 ヴィルに話しかけながら歩くこと30秒。


 魔術工房の裏手へとやってきた。


 赤、青、緑。

 よし、みんないるな。


 俺は一見して、皆がなにをしているのか理解する。


 ブラックワン領でよく見た光景。

 畑仕事だ。


 フェイとアクナ、そしてヒアラの3人は″木の棒″で地面をつついて、耕しているらしい。


「あ、おはよう、二度寝ダルクくん」


 誰のせいで二度寝したと思ってる。

 この緑め。


「……おはよう。ご飯、ありがとな。あれは凄く美味しかった」


 俺の言葉に、フェイは嬉しそうに微笑んだ。


「けっ、昼間まで呑気に寝やがって、男ならもっと積極的に働くと思ったけど、こいつはとんでもない穀潰しだぜ!」


 ヒアラは額の汗をサッとぬぐい、棒を地面に突き刺す。


 睨みつけてくる赤い瞳を、見つめかえす。


 すると、ヒアラは眉をピクピク動かし、どうにも俺が気に食わないらしく、スタスタとあっちへ行ってしまった。


「本当に嫌われてるな……しっかり謝りたいんだが」


 取りつく島もない。


 これからの共同生活を考えれば、不安因子は取り除いて置いたほうがいいのだがな。


 はて、どうしたものか。

 ヒアラは見た目、言動からして素直にいくタイプではない。


「なにかアイディアは?」


 俺はフェイとアクナに助けを求めてみる。

 彼女たちなら建設的意見をくれるはずだ。


「ヒアラはおしゃれさんだから、新しい服とかプレゼントしたら、わりとコロっと態度変えてくれるかも? ここに来てからは、おそろいの服しか着てないからね、私たち」


 アクナはそういって、自身の着る茶色い布地の上着をもちあげた。


 言われてみれば、ここにいる少女たちは下に来ているものは異なれど、みんな同じ茶色い布の羽織り物を着ている。


 これが『精霊研究会』の正式ユニフォームなのか……?


 まあ、なんでもいいか。


「服だな。考えてみよう」


 どこかで手に入れる機会があればいいが。


「それより、ダルクもほら手伝ってよ」

「ああ、もちろんだ。これは土を耕してるんだよな? なんで棒なんかでやってんだ? 道具なり、魔術なり、使えばいいだろ」


 ヒアラの残していった棒をぬいて、俺は肩をすくめる。


 すると、アクナは「やれやれ、これだから貴族は〜」となかなかイラッとする声調で言った。


 俺は貴族だからと、あなどられるのが嫌いだと言ってるだろうが。


「道具なんてあるわけないよ。ダルク、忘れたのかなー? ここはセントラ大陸かもわからない、わりと神秘の迷い家だぜー?」


 アクナは白い歯をニーッとさせて、ひじでつついてくる。


 言われてみれば、そうだったか。


 それに、土属性式魔術を使えば、簡単に土くらいふかふかにできるが、現状、この場にいる魔術師全員がそれぞれ、火、水、風……の精霊使いになってしまってるので、土を耕せない、と。


「どっちか杖を貸してくれ。俺がやってみよう」


 俺は2人へ、杖を渡すよう手のひらを差し出してみる。

 が、2人とも微妙な顔で見てくるだけだ。


「ダルクくん、杖はだめなんだよ」


 フェイが人差し指をクロスさせてバッテンを作る。


「なんで、ダメなんだ?」


「それは私から。実は、この空間、わりと″杖″が使えないのよね。杖で魔術を使おうとすると、芯から破裂しちゃって、杖もダメになっちゃうのよ」


「不思議なことだな。……ん? それじゃ、君たちは、どうやって魔術を使うんだ?」


「普段はまったく使わないよ。……でも、もし使うんだとしたらーー」


 フェイはポケットからコインを一枚取り出した。


 ひと目見て、知識からその正体を獲得する。


「『魔導硬貨まどうこうか』か」


「その通り。″杖″は使えなくても、これがあれば一応、魔術は使えるんだ。……ね」


 フェイはさらに「けど、この一枚しかない……はぁ」と、寂しそうにつけ加えた。


 魔導硬貨は魔術を使う触媒としては、イマイチすぎるシロモノだ。

 魔法の杖以外で人間が魔術を使う触媒として使用できる数少ない物質であるが、もし杖と魔導硬貨があって、どちらか好きなほうで魔術を使えた聞かれたら、100人中120人くらいの魔術師は、杖を選ぶことだろう。


 太古の遺産であるが、あらゆる面において

、どんな低級な杖よりかも劣っている。


 一応、魔術も使えないことはないよ? ってくらいのノリのアイテムなのだ。


「だから、魔術使ってないのか」

「そうなのよね。精霊使いになってから、属性がかたよっちゃったけど、それでも杖があれば若干、他の属性魔術を使うことくらいはできるはずなんだけど……これじゃ、ねぇ」


 アクナはフェイの手にちょこんと乗っかった、実に頼りないマニアックなコレクターズアイテムを見下ろす。


「仕方ないな。やれるだけ、俺もやってみよう。ヴィルがもしかしたら土属性かもしれないし」


「おお、たっのもしい〜!」

「わかりました、ダルクくん。『精霊研究会』の宝と未来をたくします」


「そんな大袈裟な……」


「いや、わりと本気だよ」

「ダルクくん、実は『精霊研究会』は精霊たちの研究してるヒマないくらいピンチなんだぁ。パンが底を尽きそうだから、必然、食料が尽ちゃう。わたしたちは自由にこの空間を出入りできないので、″お肉″がやってくるのを待つわけにもいかない。ここに畑を作れないと絶対わたしたち死にます、絶対」


 フェイが眠たそうな目で言外に「もちろん成功させるんだよなぁ? あ?」と脅しをかけてくる。


 なんていう圧力だ。


 というか、ここそんなピンチなのかよ。

 全然、楽な生活じゃ無いじゃないか。


「本気出す、すこし離れてろ」


 俺はフェイから古びたコインを受け取り、指で弾いてコイントスをする。


 フェイが、あわあわして「宝が……!」と慌てている。ちょっと面白い。


 俺は魔導硬貨を右手の甲に乗せて、それを左手でつつみこみ、土のうえで深く腰を落とした。


 重ねた手のひらを地面にむける。

 すると、魔導硬貨とパスが繋がる感覚を得た。


 ただ……なるほど、これはゴミだな。


 目の前にある皿にはいったスープを、どデカいシャベルを使って飲めと言われてる気分だ。


 非常に、極めて、圧倒的に、使いにくい。


 ただ、出来なくはない。


「すぅ……ハッ!」


 全身を力ませて、魔力を動員。

 使う魔術は土属性三式魔術≪地界操ちかいそう≫。


 詠唱式はわざわざ口に出さずに、頭のなかで満たして、魔術の結果『現象げんしょう』だけをこの世界に描写してみせよう。


 これが俺『黄昏たそがれ』の魔術師ダルクの華麗なる魔術実演だ。


「……」

「……」

「……」


 沈黙があたりを覆う。


「何も起こらないね」

「うん。何も起こらなそう……残念。ダルクくん、真面目にやってますか?」

「わふぅ……」


「くっ……!」


 フェイの平坦な声がグサグサ来る。


 いいさ、いいさ切り替えて行こう。

 ファーストチャレンジは失敗。

 それだけだ。

 

 収穫はあった。

 今のでわかった事がいくつかあるしな。


「悪い知らせと、良い知らせがある」


「お、聞かせてよ、ダルク」

「それでは悪い知らせから。言い訳を聞きますよ、ダルクくん」

「わふっ!」


「いいだろ。まずひとつ目、俺の精霊・ヴィルは土属性の色の魔力ではないということ」


「ほむほむ」

「ヴィルくんは、土属性じゃなかった……残念」

「わふ」


「ふたつ目は、魔導硬貨の触媒性能が想像の1000倍は悪かった。これはひとつの魔術を使うために、12時間くらい神経尖らせて丁寧かつ慎重に魔術式を構築しないといけない」


「そんなの、わかるものなの?」


 アクナは不思議そうに質問してきて、フェイは、ぽかんと全然わかってない顔をしている。


「それで、ダルクくん、良い知らせとは?」


「ああ、ってことだ」

 

 今のは難しい魔術を使いすぎた。

 次の魔術は土属性一式魔術≪土操どそう≫だ。


 俺はカッコよく宣言してから、今度は渾身の全魔力を魔導硬貨に叩きこみ、土たちに「ふかふかになるか、死ぬか、どっちか選べやー?!」と指令をおくる。


 すると、


 ーーパキパキ


 ふかふか、ふかふか、ふかふか。


「おお!」

「こ、これは!」


 3人の少女たちが、木の棒でチマチマ耕していた地面が、内側からもりもり蠢きだして、俺を中心に半径10メートルがもこもこ、ふかふかの土となった。


「凄い……あれ、ダルクってもしかして、若干じゃない天才魔術師だった……?」


 アクナが口元に手を当て、驚愕するなか、フェイはふかふかの土に大喜びして、近くの柵の上にいた、カゼノコを土にはなして遊びはじめた。

 

「すごい、すごい、ダルクくん……わたし、感動してるよ……カゼノコも嬉しそう」

「のそのそ…!」


「はあ、はあ、それはよかった……喜んでくれたようでなにより。それより、ひとつ良いか?」

 

 俺は汗をぬぐい、なんで謝るか考えながら慎重に手のなかの魔導硬貨をフェイに渡す。


 フェイは満面の笑みで魔導硬貨を受け取り……笑顔が固まった。


「そんな、まさか、魔導硬貨を握りつぶしてしまうなんて……ダルクくん、どんな天然さんなのですか?」


 フェイはひび割れ、今にも砕けそうな魔導硬貨を泣きそうな顔で見つめていった。


「本当にごめん……一瞬だけ魔力全開で魔術を使ったら、嫌な音がしてすぐに魔力の供給を止めたんだが、手遅れだった…………あと握りつぶしたわけじゃないからな?」


 ふかふかの畑の真ん中で、なんとも微妙な空気が流れていく。


「はあ……ダルクくんは男の子だから……仕方ない」

「本当にごめん」

「フッ……許します。今日一日かけてやろうと思ってた仕事も、見事一瞬で終わらせてくれたし、ほんとうは大満足してたり、わたし」


 フェイは涙をぬぐい、気丈な笑顔を見せてくれた。


 その笑顔だけが、唯一救いだった。



         ⌛︎⌛︎⌛︎



 畑を耕し終えた俺は、薪割り場にいくよう指示をもらい、材木置き場へやってきた。


 同じく『泉の魔術工房』の裏庭の一角にあるそこには、叩き割られた薪の山が、すでに何者かの手によって築き上げられていた。


 ーーパコンっ


 気持ち良い薪割り音が響く。


「……ヒアラ、手伝うか?」

「わふぅ、わふっ」


 俺はヴィルで顔を隠しながら、なるべく怒りを買わないよう話しかける。


 ーーパコンっ


 勢いよく吹っ飛んでいく割れた薪。


 ヒアラのギラっとした赤い瞳と目があった。


「何しに来やがった、変態野郎」


 恐い……。


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