第6話 薪割りと鹿狩り


 ーーパコンっ


「なんだよ、この変態野郎」

「……あー、謝りたいんだ、昨日のこと」


 開口一番、痛いお言葉。


 あたらしい薪をセットして叩き割りながらも、ヒアラはトゲを収めてはくれない。


「口動かしてる暇あったら、少しはここのために働けば?」


 ヒアラは斧を切り株に刺して、場所を譲ってくる。


 俺に薪割りをやれ、と言ってるようだ。


「薪のひとつも割れない変態野郎には、出ていってもらったほうがいいかもねー」


「ぐっ、薪割りなんて余裕だろ。これでも俺は貴族なんだ。領民があくせく、薪割るとこほをよく見た事がある」


「へえ、それじゃ、変態貴族さんやってくださいよ。あたしはここで見てるからさ」


 ヒアラはニヤニヤ笑い、壁に背を預けて傍観姿勢にはいった。


 俺は程よい大きさの薪を切り株にセットして、斧をふりあげる。


「はっ!」


 ーーがっ


 あれ?


 振り下ろした斧は、薪に当たりすらせず切り株にささっただけだ。


「ぶはっ! あはは!」

「……いいや、何かの間違いだ」


 俺には、小さく無いプライドがある。


 これでも貴族なのだ。

 これでも16歳で家を再興させた、開発者にして、経営者だったのだ。

 これでもそれなりに自負のある魔術師なのだ。


 薪割りごとき、そつなくこなして見せる。


 ーーガっ


「くっ!」


 またしても、俺の振り下ろした斧は切り株にささっただけだ。


 俺は恥ずかしさに悶えそうだった。


「あはははは! やめて、笑い死ぬ!」

「ぐぬぬっ、なんで、だ、ありえない。こんな馬鹿なことがあるか。俺の理論は正しいはずなのに……っ」


 ーーがっ

 ーーガっ

 ーーががッ


 何度やっても、土台と切り株にささるか、薪のはしっこをたたくだけで薪を割れない。


 決して、気持ちよくヒアラのやったようにパコンっと景気良くいってくれない。


 領民が、軽快にリズミカルに薪を割っていて「簡単な仕事だな。勉強のほうがよっぽど大変だ」だなんて思っていたが、それは大きな間違いだった。


 薪割りは偉業だったのだ。


「ぅ、ぅ、ぅう……ぐそ、なんで、、だよ」


 悔しかった。

 薪が割れない事が恥ずかしかった。


 ゆえに、ぽろっと知らずのうちに、俺は涙を流してしまっていた。


「……おい、なんであんたが泣いてんだよ?」

「ぅ、ぅぅ、黙ってて、ぐれ゛。これは俺と薪の戦いなんだ……!」

「……」


 俺は立ちあがり、もう一度大きく振りかぶって、今度こそはと薪を狙う。


 思いきりふると、今度の斧は切り株にすらあたらず、そのままスイングしてきて、右足の少し横の地面に突き刺さってとまった。


 やばい、すこしズレてたら足がイッてた。


 この一回の失敗のせいで、俺は斧を振るのが恐くなり、しまいには振りあげたまま振り下ろせなくなってしまった。


「何してんだよ」

「ぅ、足に、あたるかもしれない……」

「は?」


 俺の答えに、ヒアラは爆笑するのたろうか。


 それも仕方ないことだ。


 領民たちが慕ってくれた″お貴族様″は、彼らの仕事を見下すばかりで、いざやれば、薪ひとつまともに割れない無能だったのだから。


「…………ああ! もう、ほら貸せよ!」


 しかし、彼女の反応は違った。


 しびれを切らしたヒアラはイライラした様子で割り込んできて、俺から斧を取りあげた。


「見てろよ。薪割りなんて簡単だっての」


 言われるがままに、ヒアラの構えを見る。


「足は肩幅に開いて、斧を振り下ろすと同時に腰も落とすんだ。こんな風に」


 ーーパコンっ


 ヒアラは説明しながら、綺麗に薪を割り、「わかったか?」と赤い瞳をまっすぐ俺に向けて言ってきた。


 なんだか俺にもできるような気がして、俺はヒアラから斧を受け取った。


「違うって、足をもっと開けよ、たくっ、あたしの何を見てたんだよ」


 ヒアラに姿勢チェックをいれてもらい、オーケーをもらって斧を振ってみる。


 ーーぺこり


「ッ」


 斧が薪にささった。

 決してヒアラのような、上等なささり方じゃない。


 だが、確かに割れ目が入っている。


「そうなりゃ簡単だ。薪を刺したまま、斧を軽く持ち上げて、もっと押し込むんだよ」

「それはどうやって、やればいい?」

「適当だよ、そんなもん、適当にやれって」


 ヒアラの雑な指示をフィーリングで感じとり、俺は斧をもちあげ、切り株をたたき、衝撃をくわえる。


 すると、薪は綺麗に真っ二つに割れてくれた。


「やった、やったぞ! 俺は薪に勝った!」


 女神が俺に微笑んだんだ。

 永きにわたる戦いに終止符を打ってやってた。


 どうだ、見たか!

 薪風情が、これが貴族の力だ!


「はい、それじゃ、次な」


 ヒアラは新しい木を、切り株にセットして、ふたたび壁を背にもたれかかった。


 俺は内心で開いていた祝祭をとりやめて、額をつたう冷や汗をぬぐう。


「ふっ……ヒアラ、俺は二度同じ失敗をしない男だ。もう薪割りなんて余裕だからな。失敗するところを見たいんだろうが、残念ながらーー」

「いいからやれよ、変態貴族」

「むっ、見せてやる。このダルクの力を!」


 ーーガッ!






         ⌛︎⌛︎⌛︎






 昼過ぎ。


「はあ、はあ、はあ、はあ……」


 ーーパコんっ


 心地よい音が響く材木置き場で、俺は死んでいた。


 10回振って、1回薪を割れる確率ゲームに挑戦すること10分。


 俺は完全に観戦者モードに移行していた。

 

 首をもたげ、薪を次々に亡き者にしていく勇ましい美少女を見上げる。


 キラキラと汗が輝き、紅い髪が揺れるさまは、彼女が戦いの女神なのかと思わせる。


 正直、ちょっと憧れる。


 ーーパコんっ


「あんだけデカイ口叩いといて、体力がショボすぎるだろ、変態貴族さんよ」


「……たぶん、アレだな。俺の精霊が仔犬だから、体力レベルが似たみたいな現象だろう。これは興味深い研究対象になるぞ」


 必死に考えても、こんなしょうもない言い訳しか出てこないのが情けない。


 ヒアラは俺のほうを見て、足元の仔猫を指さした。


 たぶん彼女は「うちの子は猫だけど?」とでも言いたいんだろ。


 言葉なく論破され、俺はうなだれる。


「さあて、こんなもんかな」

「ノルマ達成か?」

「適当だよ、そんなもん。これくらいあればしばらくは平気だろうし」


 ヒアラは薪割りを終えて、散らばった薪を、魔術工房の外壁に備えつけられた薪置き場に集めはじめる。


 俺も重たい腰をあげて、薪拾いを手伝った。


 すぐに作業は終わり、ヒアラは俺に何も言わずにどこかへ行ってしまう。


 なんとなくついて行く。


「なんだよ。ついて来んなよ」


 ヒアラはチラッと振り返って、怪訝な眼差しをむけてきた。


「またラッキースケベでも期待してんのかよ、この変態貴族め」

「違う。なにか手伝えることはないかと思っただけだ」

「はっ、なにもないね。薪割りすらまともにできない″お貴族様″にはさ」

「ぐぬぬ……」

 

 魔術が使えれば、すこしくらい見直してやれるのに……!


 ヒアラのもっとも過ぎる言い分に歯痒い思いをしながらも、根気強く彼女についていくと、彼女は倉庫から弓矢を取り出した。


 俺は、あまりにも原始的な武器に思わず声をもらす。


「歴史の教科者で見たことあるやつだ……」

「へへ、変態貴族は弓矢も使えないのかよ」

「え? ヒアラは使えるのか?」

「……まあな!」


 ヒアラは自慢げにぺったんこな胸を張る。


 俺がうろんげな眼差しを向けると、彼女は「疑ってんかよ!」とあくせく焦りながら言ってきた。


「別に。ただ、お前も魔術師なら、弓矢なんて使う機会が本当にあったのか……って疑問に思っただけだ」


 魔術を撃てれば、矢を射つ必要はない。


 俺は、決まりが悪そうなヒアラをジトッと見つめ、何も言わずに森へと入っていく彼女のあとを追うことにした。


 





         ⌛︎⌛︎⌛︎







 ヒアラと燃える猫を追うことしばらく。


「いた」


 ヒアラはこっちへ振り返り、しーっと静かにするジェスチャーをしてくる。


 姿勢を低くして、俺は足元うろちょろしてるヴィルを抱きかかえた。


 ヒアラは「おいで、かしゃ猫」と呼び、燃える猫を″ゆとりのある胸元″にしまいこむ。


 かしゃ猫って名前なのか。

 てか、熱くないのか。


 いろいろ思ったが、


「よく男子のまえで、そんなことできるな……」


 俺はヒアラの無防備さに、なんだか、顔が熱くなってきてしまった。


 なんで俺が恥ずかしくなってるのか。


「……っ、やっぱり、変態じゃねか。てか、なんでお前が恥ずかしそうなんだし」

「俺にもわからない……ん」


 獲物が動く音がした。


 ヒアラは俺への軽蔑のまなざしをやめ、遠くをみすえた。


 彼女と俺の視線の先には、鹿が一頭いる。


 魔術王国近郊によくいる、エラージカじゃない。


 体格が大きい。

 動物は脂肪を蓄えて寒さに耐えることから、寒い地方だと体が大きくなる傾向がある。


 この森は魔術王国近郊より、北側にあるということの仮説がたったな。


「見てろよ」


 ヒアラは弓に矢をつがえて、鹿を狙う。


「狙いは?」

「当然。頭!」


 頭狙うの?

 それって難易度高すぎじゃ……。


 ーーグサっ


「あ」


 ヒアラの放った矢が、鹿の頭にささり、たった一撃で仕留めてしまった。


 ヒアラはポカンとして「嘘、はじめて当たった……」と聞き捨てならない言葉をこぼしながら、こっちを見てくる。


「はじめて?」


「い、いや、まあ、いつも通りだし! へへ、あたしに掛かれば鹿くらい魔術を使うまでもないってこと!」

「にゃーご!」


 ヒアラとかしゃ猫が、喜んで飛び出していき、地面に倒れた鹿に近寄った。


「お前の命はありがたくいただくよ」


 ヒアラはそういって、矢を抜いた。


「足とか射って動かなくして、ナイフでとどめさすとか、領民の狩人がいってたけどな」

「頭いいな、そいつ……ふん、まあ、あたしくらいになると、そんな面倒なことしなくていいってことよ。運ぶのくらいは手伝えよ、変態貴族」

「はいはい」


 俺は鹿の足をもって、ヒアラとともに引きずりはじめた。


「ベェア……」


「ん?」


 嫌なうなり声が聞こえて背後へ振りかえる。


 そこにがいた。


「っ、テゴラックス!」


「ベェアアア!」


 3メートル級の熊は威嚇しながら、のっそりのっそり近づいてくる。


 正真正銘の魔物だ。

 並の冒険者パーティでは全滅の危険すらあるギルドが認定する魔物の危険度指標は、やや高めの『脅威度きょういど Ⅲ 上』。

 

 危険な魔物である。

 

「やっば」

「にゃご!」


 ヒアラは胸元から飛び出そうとするカシャ猫をおさえながら、眉をひそめて少しずつ後退しはじめる。


 俺もまた同様に下がった。


 ここにいるのは杖がない魔術師だけだ。

 テゴラックス相手にどうこうできる訳がない。


 走っても逃げきれない。

 熊は素早いのだ。


「ゆっくり、ゆっくり」

「ベェアア」


 視線をあわせたまま、決して背中を見せずに下がり続ける。


 獲物である鹿を差しだすだけで、助かればいいが……いや、祈るのはやめよう。


 俺は最悪の事態にそなえ、そっと上着をぬいで手にもった。


「あ」

「っ」


 同時に俺とヒアラは、間抜けな声をもらす。


 なぜなら、テゴラックスが鹿に興味をしめさず、死体をまたいで俺たちのほうへ向かってきたからだ。






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