第4話 精霊契約
アクナとフェイに連れられ、地下室へ降りて来た。
さしてくだったわけでもないのに、ここは異常なほどに涼しい。
寒いくらいだ。
「ここに立ってください、ダルクくん」
フェイは俺の手をひいて、部屋の中央にたたせる。
すると、地下室の床に白い光の模様が、ブワァっと現れた。
複雑怪奇な言語の羅列だ。
ただ、見覚えはある。
「魔法陣だな。ファルマン朝後期の古代魔術言語が使われてるようだが……これは?」
俺は魔法陣の外側から、見守る2人へたずねた。
「わあ、凄いね、アクナちゃん。もしかして、ダルクくんはお勉強ができる人なのがしれないよ」
「ほむほむ、なるほど、かの名門ドラゴンクランにいたのは、わりと本当みたいね」
「……これは?」
もう一度聞いても、フェイとアクナはニーッと笑い顔を見合わるばかり。
だめだ、こいつら、答えてくれない。
「はあ……」
「あはは、ごめんごめん、わりと冗談だってば。今から始めるのは、精霊契約。そこを動かず、ワンちゃんをしっかり持っていてね」
「契約……?」
言われるままに、仔犬を抱きしめて待機する。
というか、精霊契約って言ってたが。
授業で一度も出てこなかった単語だ。
「光が……」
しばらくすると、床の輝く模様がいっそう強くなり、地下室が白光につつまれてく。
その時、
「あ! ダルク、その子の名前は!?」
「え?」
光の向こう側から、アクナの慌てた声が聞こえてきた。
「名前だよ、ダルクくん! はやく決めないと、ダルクくんが爆発四散しちゃうかも!」
「ッ?!」
なにそれ聞いてない、フェイさん。
名前、名前、犬の名前か?
一瞬思案して、マジックワン分家の屋敷で飼っていた老犬のことを思いだす。
「ヴィル」
「わふっ!」
俺が黒い仔犬ーーヴィルの名前を叫ぶと同時、もはや目も開けられないほど、光量が爆発的にふくらんでいった。
⌛︎⌛︎⌛︎
「う、うー……」
猛烈に気持ち悪い。
胃の中のものが、全部出てきそうな不快感がある。
「わりと大丈夫かしら?」
「大丈夫じゃなさそうだよ……?」
うっすら目を開けると、のぞきこんでくる少女たちの綺麗な瞳と目があった。
床に寝る俺を、ありの行列を眺めるがごとく、しゃがんで観察してるらしい。
「っ!」
まずな、こいつら、無防備すぎるぞ。
フェイとアクナのスカートの中に、純白の布地がチラリズムしたのを、俺はめざとく捉えてしまった
「んっん……気をつけた方がいいぞ、君ら」
「?」
「?」
急いで起きあがり、視線をはずす。
俺はこういうの……慣れてないんだ。
「うわぁ、生きてた……」
「大丈夫、ダルク? わりと顔が赤いけど」
「大丈夫だ……なんも、問題ない」
「わふぅ、わふ!」
「ん」
足元をぐるぐる回って元気良いヴィルをもちあげると、彼はぺろぺろと口元を舐めてくる。
「べろぺろべろべろ」
「ヴィル、やめ、やめ、、や、ゔ」
「あはは、その精霊との相性はバッチリみたいね」
ヴィルに舐め殺されそうになるところへ、アクナは素早く手を差しこみ、俺からヴィルを引き離して、自身の胸に抱いた。
発育豊かなアクナの胸を、てしてし、と肉球で踏みながら、ヴィルはご機嫌そうだ。
アクナは、ヴィルを見つめて言う。
「若干、ダルク感を感じるわ。飼い主に似ちゃったかー」
「っ、ど、どういうことか、わからないな……」
思わず自分が、目の前の少女の胸元をガン見していたことに気づき、アクナのいたずらなジト目の意味をさとってしまう。
「んっん! それにしても、なんだ精霊契約って。訳わからないまま、契約したが?」
「精霊契約、それは精霊を″使い魔″として、使役するための契約、だよ」
フェイが答えた。
「ダルクくん『精霊使い』って知ってる?」
「ふむ、それって確かーー」
精霊使い。
魔術師の形のひとつ。
かつて人間の持つ魔力は、現代ほど豊かではなく、使用できる魔術には厳しい制約があった。
『精霊使い』はそんな時代に発達し、最盛期をむかえた古い魔術師形態だ。
『精霊使い』たちは、精霊を通して自然界の魔力を使い、魔術を行使する。
契約した精霊が得意とする属性の魔力操作に長けていて、その属性でなら、人間だけで使える魔術を上回る出力を発揮できる。
これらは魔術のひとつのカテゴリーとして『
これだけ聞くと素晴らしいものに思えるが、世の中とはそう簡単ではなく、精霊との契約には、いくつかデメリットもある。
精霊の属性にあっていない魔術が苦手となってしまう制約が存在することが代表的なデメリットだ。
さらに、契約者が精霊から過度な魔力供給を受けると、″溶け合い″、お互いに、意識のないただの魔力となって死んでしまうという、恐ろしい現象も記録されている。
現代では『精霊術』以外にも、多種多様な魔術形態がふえ、リスクを負わなくても高威力の戦闘魔術、便利な生活魔術、さらには用途にあわせた魔導具の開発もすすんだことから『精霊使い』は、忘れさられるのわ待つだけの過去の遺物となってしまっている。
「ーーという感じの、マイナー魔術師だな」
俺はドラゴンクラン大魔術学院でたくわえた知識を、気持ちよくひけらかして言った。
「ダルクくん、精霊使いのことそんな風に思ってたなんて……」
「ダルク、わりと見損なったわ。最低!」
「ぇっ……」
アクナとフェイの視線が痛い。
正直に話しすぎた、
やっぱり、アクナもフェイも、そしてさっき出て行ったヒアラも、みんなここにいる奴らは精霊使いだったんだ。
「で、でも、精霊使いってカッコいいよな。『使い魔』自体珍しさの塊だし、幻の魔力生命体を操るなんてロマンがあるしな」
俺はあわてて言葉をつないだ。
「むすぅ……」
「じー」
「それに精霊たちって、思ったより可愛いのが多いし、あーあ、こんなに精霊使いって凄いんなら、俺も精霊使いになりたかったなー…………………………ん?」
自分で言っていて、何かがピンと来た。
あれれ?
もしかして、俺……精霊と契約したってことは、精霊使いになってないか?
フェイとアクナの方を見ると、2人とも目元に影をつくり、悪い笑顔をうかべていた。
「そうでしょう、そうでしょう? 凄いわよね、精霊使いって」
「うんうん、やっぱり、精霊使いが一番。ほら、見て、ダルクくん。わたしの精霊もこんなに可愛いんだよ。名前はカゼノコ」
フェイがふとったヘビを俺の腕に預けてきた。
「のそのそ…」
「ぅ、可愛い、な」
くりっとした瞳が愛くるしいが、ヘビに命を奪われかけた手前、なんとも反応に困ってしまう。
カゼノコをフェイにすぐに返還して、俺はアクナからヴィルを返してもらう。
「わふ」
ヴィルと、間近で見つめあう。
そうかぁ。
俺って、この子の契約者になって、知識でしか知らない精霊使いになったのか……。
騙されたような気がしなくもない。
というか、明らかに騙されてる。
だが、まあ、命を救ってもらったし、精霊が可愛いのは確かだし、ここで生活するために必要不可欠だと言うのなら、仕方がない。
俺はすべてを受け入れ、フェイとアクナの「何か言いたい? 言いたんでしょー?」という、
⌛︎⌛︎⌛︎
1階に戻ってきた。
「ダルク、何か言いたいんじゃないのー?」
「ダルクくん、我慢はよくない。わたしもアクナちゃんも、ダルクくんの精霊使いデビューについて、コメントを所望するよ」
「別に何もない。だって俺、精霊使いなりたかったしな。いや本当」
ツンと突き放すと、2人はくすくす嬉しそうに笑った。
ああ、だめだな。
何言ってもからかわれる。
もう口を開かないようにしよ。
「ん?」
「あんた、まだいたわけ?」
リビングに戻ってくると、紅髪の少女ーーヒアラがちょうど玄関からこっそり入って来ていた。
どうにも、彼女の顔が赤い。
自分から飛び出していった手前、誰も追いかけてこないので、のこのこ戻ってくるのが恥ずかしいかのようにーー。
「ヒアラったら、きっと誰も追いかけてこないから、のこのこ戻ってくるのが恥ずかしかったんだわ」
気をつかって、あえて俺が言わなかったことを、全部言ってくれたアクナさん。
「ち、違うに決まってるし! 顔合わせたら、その変態を焼き殺しちゃうから、気をつかってあげてるんだし!」
ヒアラは顔を真っ赤にして、足元の燃える猫をかかえると「わあああー!」と叫んで2階へ駆け上っていってしまった。
「ありゃりゃ。ダルクは、まずヒアラと仲直りしてもらわないとだ」
アクナは蒼髪をかきあげて、そう言った。
「まあ、焦っても仕方ないし、とりあえず、今日はもう寝よっか。ダルクもついてきて」
アクナとフェイはぐっと伸びをしながら、2階へとあがっていく。
「そうそう、ダルク、まだ、この家、全然片付いてないんだ、ボロボロかつ、ゴミ屋敷の状態から少しは使えるようにしたけど、それでもベッドを確保するので精一杯」
アクナは階段をのぼりきり、いくつかある扉のふたつを手で指ししめす。
「こっちは私とフェイの相部屋。こっちはヒアラとズィーペっていう、今は近くの村に行ってる女の子の相部屋。将来的にはみんな、ひとつずつ部屋を作ろうと思ってるけど、今は我慢してね」
アクナはそう言い、最後に「今日は私のベッドを貸してあげる。フェイに変なことしちゃいけないんだぜ?とイケメン笑顔で、涼しげなウィンクをして部屋に入っていった。
胸がドキッと高鳴るのを感じる。
なんだろ、これ……。
「ダルクくん、こっちこっち」
フェイに案内され、二段ベッドのしたに寝るよう指示される。
やがて、部屋を照らしていたろうそくの火が消されて、部屋は真っ暗になった。
「わふぅ、わふぅ」
「おやすみな、ヴィル」
ちょうど良いポジションを見つけたらしい、足元のヴィルの温もりを感じながら、俺は目をつむる。
今日はいろいろな事があったな。
明日からいったい何が始まるのか。
わからない。
すべては未知だ。
だが、これでいい。
だからこそ楽しいんだろう。
「あれ? ……楽しい、だと?」
自分の言葉に疑問を抱く。
やがて答えを見つけた。
そうか、これが楽しいという感情だったっけか。
自由な時間なく、家の復活に尽力していた俺の人生には″楽しい″という感情は無縁のものであった。
もちろん、発明がうまくいったり、商品が多く売れたら″嬉しい″とは″上手く行った″という感覚を得てはいた。
しかし、楽しいは……なかなか無い。
マジックワンの家を離れて、こうもはやく乾いた感情の色を取り戻せるなんて。
「ふふ」
ここに来て良かったな……。
安らかな気分で目をつむる。
すると意識が鈍くなっていくのを感じた。
眠れる。
今日は気持ちよく落ちれる。
無限に続くクレームに怯えることなく、顔を合わせたくない両親を気遣うことなく。
なんて素晴らしいんだ。
おやすみなさい。
そう思った瞬間ーー。
ーーぼとんっ
「ゔッ?!」
何かが腹のうえに落ちてきた。
寝落ちするより速い襲撃に、目をあける。
「?!」
「のそのそ…」
見てみると、俺のお腹のうえに、ふとったヘビが乗っかっていた。
びっくりしすぎて、死ぬかと思った。
「ふふ、可愛いでしょ?」
「んッ?!」
さらに声が聞こえて、顔をあげると、暗闇のなか、二段ベッドのうえから、逆さまのフェイがこちらを見つめていた。
長い髪がたら〜っと垂れていて、ちょっと、ホラーテイストが強すぎる。
隙をない即死ドッキリ二段構え、だ、と?
「ぁ、ぁ……」
あまりの怖さに、喉が張りつき、とっさに声が出なかった。
「ダルクくんは新しい仲間だからね。今日は特別にカゼノコを貸してあげる。フッ……」
フェイはそう言って「礼はいらないぜ?」とでも言いたげに、眠たそうな顔に合わない、クールな笑みで、頭を引っこめた。
「のそのそ」
「…っ、よし、よーしよし、噛むなよ……」
俺はカゼノコのふくよかボディを、細心の注意を払ってやさしく撫でて見た。
これが『精霊研究会』の洗礼か。
俺はこれでも貴族だ。
これくらい容易く乗り越えてやろう。
「こそこそ…(かかってこい、カゼノコ)」
「のそのそ…(かぷっ)」
「イッt……っ」
わりと、死を覚悟した。
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