第3話 精霊研究会

 

 翠髪の少女が部屋を出て行ってしまった。


「わふぅ」

「よしよし」


 手元に残ったのは、黒い仔犬のみ。


 はて、俺はベッドから出てもいいのだろうか?


 見たところ、ここは彼女たちの家……だと思うが、勝手に出歩いたらまずいか?


 すこし悩んだあと、俺は仔犬を抱いてベッドから出ることにした。


 幸いにも、体は動く。

 歩くこともできそうだ。


 さっき毒抜きがなんとかって言っていたから、きっと、あの少女がヘビの毒をなんとかしてくれたんだろう。


「にしても……この家、大丈夫か?」


 きしむ音がする古びた床。


 棚には何に使うのか目的不明な置物や、コイン、皿、お面、石、羽、爪などなど……。


 錬金術でもしてるのか、と思ってしまうような雑貨が、煩雑はんざつにおかれており、唯一ベッドのまわりだけは使えるように、整理されている。


 天井には、チャリチャリと音の鳴るドリームキャッチャーが吊るされており、王都近郊とは思えない、独特の″田舎臭さ″を感じる。


 土地が変わったかのようだ。


 そういえば。


 アーケストレス王都を囲む深い森には人の知らない″深き神秘″が眠っていると、ドラゴンクランの魔術王国史で聞いたことがある。


 神秘は人間のルールーー時間や空間ーーに予期せぬ干渉をもたらすと言われているので、もしたかしたら、俺はどこか辺境の地に飛ばされてしまったのかもしれない。


 部屋をでると、階段といくつか扉が見えた。


 階下へ降りると、声が聞こえてきた。


「あの″変態″の処遇について、あたしは異議を申し立てる!」

 

 勝気で、強気な声の張り。


「却下します、静粛にするように、ヒアラちゃん」


 答えるのは、あの翠髪の少女の声だ。


「んっん」


 俺が存在感をアピールしながら、階段を降りると、丸い机を囲んで座る3人の少女が、パッとこちらへ向き直ってきた。


 紅い髪に、翠の髪に、蒼い髪の少女たち。


 唯一噛みつくような視線を向けてくる紅髪の少女のほか2人は、俺を見て嬉しそうに頬をほころばせている。


「変態だが?」


 俺は勇気をもって、赤い髪の少女へむけて自虐じぎゃくしてみた。


「ほら、認めた! はいはーい、変態さんはここには入れないおきてがあるんで、出て行ってくださーい!」

「ちょ、待て、押すなよ」


 紅髪の少女が、ずしずし寄ってくるなり、背中を押して、家から強制排除してきた。


「そんな掟ないでしょ、もう。うちのヒアラがごめんね、変態くん」


 蒼髪の少女が、紅髪の少女を後ろからおさえて助けてくれる。


「それじゃ、変態くんと、フェイとヒアラの間に何があったか聞かせてくれるかしら?」


 蒼髪の少女は、俺をふくめ皆を席につかせると、対話の姿勢をむけてくれた。


 どうして、こんな森に俺がいたのか。

 どうして、変態的犯行に走ったのか。

 どうして、泉の場所がわかったのか。


 いろいろ聞かれる質問に、正直に答えていくと「ほむほむ、なるほど」と蒼髪の少女は納得したようだった。


「これはどうやら、私たちと同じみたいだわ」

「そうだね。フッ……ヒアラちゃんも、納得してくれた……かな?」


 蒼髪の少女に、翠髪の少女が肯定して、むすっとご機嫌斜めな紅髪の少女へ向き直る。


 すると、紅髪の少女は「あたしは認めないからな!」と言い「わぁあー!」っと叫びながら家を飛び出していってしまった。


 彼女のあとを、耳先と尻尾先に炎をともした、さっきの精霊猫が追いかけていく。


 ふと、猫はこちらへ向き直り、俺をじっと見つめると、ぺこりと頭をさげた。


「感謝してるってことだよ、きっと」


 翠髪の少女は、嬉しそうにつぶやく。


 そうか。

 ここの猫はお礼が言えるんだな。

 実に興味深い。


「ところで、俺が君らと同じって、どういうことだ?」


 話を聞いてみると、蒼髪の少女は、まずここがどういう場所なのかを教えてくれた。


 いわく、ここは″まよ″らしい。


 ここへやってくる者は、みんな何かしらのコミュニティから、はぐれた者ばかり。


 追放されたり、異端扱いされたり、自分から出てきたり……人生に疲れてしまったり。


 事情ありきな者たちが、協力して、それまでの人生とは関係のない、独立した生活を築きあげているのが、ここらしい。


「仮称『いずみ魔術工房まじゅつこうぼう』。変態くん……じゃなかった、ダルクは、アーケストレス魔術王国の森から、歩いて、ここへやってきたのよね?」


「ああ。屋敷の裏からずーっと走って……そこで、この精霊を見つけて……追いかけてたら、ここについてたんだ」


「ほむほむ、じゃあ、やっぱり『泉の魔術工房』って″固定された座標″じゃないんだぁ、不思議ね」


 蒼髪の少女は、瞳の奥をキランっと光らせて俺を見つめてくる。


「……?」


 俺が首をかしげると、彼女は「……質問してっ」と、ちょっと恥ずかしそうに頬を赤らめて、小声で言ってきた。


「……固定された座標じゃないって、どういうことだ? 教えてくれ」


「そこに気づくとは流石だわ! よくぞ聞いてくれました! 実は私も家を出てきたクチなんだけど、あやまって水のなかに落ちたら、あの泉から出てきたのよね」


 蒼髪の少女は、窓の外の泉を指さした。


「ちなみに、私はゲオニエス帝国南部の出身よ、いぇい☆」


 指でピースを作り、ウィンクしてくる。


 女子慣れしてない俺は、とりあえず顔をそむけて対処することにする。苦手だ。


 それにしても。


 ゲオニエス帝国と言えば、アーケストレス魔術王国とは大陸の端と端くらい距離が離れている、かの超大国の名のはずだ。


 やはり、″深き神秘″が息づき、空間を曲げ、ヒトの及ばない現象を起こしてるのか。


 これまた実に興味深い。


「それで、これは?」


 俺は黒い仔犬をもちあげて、聞いてみる。


「精霊よ」

「それは何となくわかるんだ。なんで、精霊がいるんだ?」

「さあ? フェイに聞いてみたら? 彼女が第一発見者だしね」


「ん? フェイ?」


 蒼髪の少女の言葉に、俺が首をかしげると「あ」と少女は声をあげた。


 すぐに彼女は、隣で座する翠髪の少女の背後にまわり、抱きつくと、されるがままの翠髪の少女に頬ずりしはじめた。


 いけないものを見てる気分になる。百合。


「それじゃ自己紹介。この緑の子がフェイ。私の名前はアクナ。さっき、家を飛び出していった子がヒアラよ」


 蒼髪の少女ーーアクナは言った。


「フェイだよ、よろしく、ダルクくん」


 翠髪の少女ーーフェイは、ぺこっと頭をさげてくる。


 俺もつられて頭をさげる。

 

「それで、精霊がなんで、いるかだったよね? 実は……わかりまーせん、ふふん♪」


 フェイは清々しいほど諦めきった顔で、腰に手を当てて、鼻を鳴らした。


「ただ、ここには掟があります。もしダルクくんが『泉の魔術工房』に住みたいというのなら、ダルクくんには『精霊研究会』にはいってもらわなくてはいけません」


「精霊研究会……?」

「『精霊研究会』とは、精霊を研究する、集まりのことよ!」

「……自慢げに言われてもな……それは、なんとなくわかるし。そうじゃなくてだな」


 俺がやや呆れると、フェイが口を開いた。


「アクナちゃん、ちゃっとだけ、しーっ、だよ」

「むぐっ!」

「はい、アクナちゃんが静かになったので続けます。おっほん。ここには現在、4人の住民がいます。みんな精霊に導かれてこの魔術工房に来ました。みんな魔術師なので、精霊がなんなのか気になります。あ、………………気になるよね?」


 フェイはテンポ良く言っていた言葉を切って、確認してきた。


 不安げな緑瞳に見つめられ、反射的に俺は首を縦にふってしまう。


「よかったぁ……はい、というわけで、みんな気になります。『精霊研究会』はコミュニティ共通の目的を持つことで、団結を強固にすることが狙いなのです。みんな仲良くするために、ご協力お願いします、ダルクくん」


「ん。ああ」


 再びぺこっと頭をさげてくるフェイは、俺の返事を聞いて、満足げにアクナと顔を見合わせた。


 うむ、流れで答えてしまったが、俺はここにいて良いのだろうか?


「……」


 いや、いいか。

 今さらマジックワン家のことなど構わない。


 俺は自由に生きてやるんだ。


 ただ、魔術師をやめ、魔術を捨てた手前、はっきりいって、また研究をするモチベーションなど湧いてこないが……ここは居心地がよさそうだし、彼女らに逆らう必要はない。

 

 もしずっと住むわけにはいかなくなっても、しばらくは滞在させてもらおう。


「これからよろしくな、アクナ、フェイ」


「やったね、フェイ、新しい仲間が増えちゃった」

「フッ……ようこそ、わたしたちの『精霊研究会』へ。歓迎するよ、ダルクくん」


 俺はほんの軽い気持ちで、しばらくこの不思議な秘境に住うことを決心した。


「それじゃあ、ダルクくん、いくよ」

「ん、どこへ?」


 フェイは立ちあがり、家の奥へむかう。


 アクナへ視線を向けると、彼女は手をちょいちょいっとやって「とりあえず、ついて来て!」と言った。


「ワンちゃんも忘れずにね!」


 ふりかえってくるアクナへ、俺は犬を持ち上げて、ちゃんと持ってるアピールする。


 彼女たちのあとについていくと、俺は家の地下へ続く階段を降りることになった。


 暗く湿った空気のなか、一段おりるごとに、不安が増していく。


 魔術師にとって魔術溜まりが発生しやすい地下室とは得てして、ことが多い。


 ここも魔術工房ということは、つまりそういうことなんだろう……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る