6 幽霊の名前を覚えているか?
中間テストが終わった。
返却されるまでは断言できないが、手応えとしては悪くない。あくまで、わたしにしてはだけれど。おそらくどの教科も赤点は免れたのではないかと思う。
テスト最終日は、ニュースによれば梅雨前の最後の晴天で、クレヨンで塗りつぶしたみたいな青空が広がっていた。近頃の鬱々とした天気が嘘みたいだ。わたしは掛け値なしに上機嫌だった。
「どうなることかと思ったけど、その様子じゃ結構できたみたいね」
「ご心配おかけしました。土日、冗談抜きでご飯食べるのも忘れて勉強に集中してたんだよ」
「よかった、よかった。でも、あとひと月くらいしたら今度は期末テストだから、気を抜かないように」
「愛ちゃんさ、水を差すようなこというのやめよう」
わたしと愛ちゃんは、ランチを共にしている。チェーン店ではない、最近駅前にできたばかりのカフェ。いわゆる、インスタ映えしそうなお店というやつだ。初めて入ったが、白を基調にした店内は高級感がある。というか、コーヒー一杯650円は実際高い。わたしはコーヒーが飲めないから、アイスティーだけれど。
正午少し前の店内はそれほど混雑していない。奥の方の席で、メタルフレームの眼鏡をかけたサラリーマンらしき中年男性が、マックブックに向かって何か作業している。
「ああいうの、何やってるか全然わかんないけど、格好いいよね」
「そう? ああいうのが愛ちゃんのタイプ? おじさんじゃん」
「え、格好いいよ。わたしもカフェでパソコンやりたい」
「ああ……そういうことね。世の中にはできる男を演出するために、カフェでマックブックを開くっていう文化があるらしいよ。男に限らないかもしれないけど」
「ていうかマックブックって何?」
「機械に関しては愛ちゃん、やばいぐらい知識ないよなあ」
「まあ、少しくらいひかるに譲っとく分野もないとさ」
「やかましいよ」
愛ちゃんは部活にバイトに忙しい人なので、学校外で一緒にご飯を食べた機会は多くない。
普段だったらこんなところでランチなんて考えられないのだが、テスト明けの開放感から、愛ちゃんを誘って来たのだ。決して潤沢ではないわたしの経済事情も、こういうときは強気だ。ランチメニューが思いのほかリーズナブルだったのもある。
満を持して、わたしの頼んだオムライスがやってくる。
「お先にいただきます」スプーンを口に運ぶ。半熟の卵とソースの調和が、舌の上で荘厳なシンフォニーを鳴らす。「やっぱりデミグラスソースだよね。家のオムライスとは違う。最高。ケチャップのオムライスはもう食べられない」
「いいじゃんケチャップでも」
「まあいいけどさ。それにしても愛ちゃんと学食のカレー以外を食べるなんて、貴重な時間だわ。あ、このあと予定ある?」
「夕方からバイト」
テストが終わった日にバイトだなんて、やっぱり愛ちゃんはわたしと行動理念が根本的に違うらしい。
「うわ、そうなんだ。せっかく愛ちゃんとデートしようと思ったのに」
「悪いね、わたしってなかなか予約が取れないんだぜ。またの挑戦を待ってる」
「いや挑戦って」
愛ちゃんの頼んだ玄米タコライスが運ばれてくる。
「これちょっとあげるから、オムライスちょっとちょうだい」
「待ってました」
同級生の女の子たちはこういうとき真っ先に食べ物を写真に撮るが、わたしはできたてのうちに食べたいので、そんな真似はしない。一番おいしい瞬間を逃すなんて、もったいない。インスタグラムに載せたい気持ちも、なくはないけれど。
愛ちゃんにいたってはいまどきの女子高生としてかなり稀有な存在で、SNSの類を一切やっていない。
よって、わたしたちの食事は、令和を迎えても非常にスムーズである。
オムライスにスタンディングオベーションを送っていたわたしの味覚が、玄米タコライスのゲスト出演を温かく迎える。
テスト明けのハイな気分のまま、家に帰るのもなんだか違う。
愛ちゃんと別れたわたしは、南沢駅前でぶらぶらとウィンドウショッピング。都会ではない南沢も、駅前は少し賑やかだ。さまざまなお店が立ち並ぶアーケード街がある。南沢駅前通りというありきたりなネーミング。雑貨屋、古着屋、レコード屋、時間をいくらでも費やせる。でも、ひとりじゃやっぱり退屈だ。欲しいものを買うお金もない。手にしていたシャツの値札を確認したあと、そっとハンガーラックに戻す。
少し遠回りして、やっぱり家に帰ることにした。
のどかを絵に描いたような午後。たまにはこういうのも悪くない。
音楽でも聴こうかとスクールバッグからイヤホンを取り出しかけたとき、ギターの音が聴こえた。
川岸のベンチを見ると、学ランの男がアコースティックギターを構えていて、傍らには赤いリュックが見える。
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