5 幽霊を信じる友人はいるか?

 わたしは水原との邂逅かいこうについてざっと話した。


「イケメンだったらよかったのに」最後にそう付け加える。「なんだかぱっとしない奴だったなあ」

「いや、イケメンだった場合、余計に勉強に支障が出ていたはずだぞ。もっとも、どっちみち勉強しなかったわけだから関係ないか」

「ぐは。愛ちゃんきつい。わたしのハートは今おびただしく流血しているよ」

「安心せい。峰打ちじゃ」

「愛ちゃんって幽霊信じる?」

 去年のトンネル探訪には愛ちゃんもいた。

「どうだろうね。あんまり考えたことないよ。いたら面白そうだし、いなかったらそりゃそうだって感じだし。それよりも、その幽霊くんのことが気にかかって勉強できないひかるの方が心配だよ」

「わかったわかった」




 午後の授業も終わり、下駄箱で靴を履き替える。わたしはあくびを噛み殺しながら、週末のテスト対策について思いを巡らす。どうやって集中したものか。


 愛ちゃんに勉強法を訊いてみたことはあるが、まったく参考にならなかった。というのも、学校で授業を聞いているだけでほとんどのことは頭に入っているというのだ。放課後は弓道部に精を出し、オフの日はファミレスでバイトに勤しんでいる。テスト前だからといって、そのサイクルはさほど変わらない。部活動は学校全体で休みになるものの、しめたとばかりにバイトのシフトを増やしている。信じがたい行動である。

 わたしは帰宅部で、バイトをしているわけでもなく、ただただ日々を消費している。入学前まで部活をやろうと思っていたのだけれど、決めきれぬまま結局こうなった。特になんの目的もなく放課後を持て余す高校生活だ。テスト前は、愛ちゃんとの人間格差を思い知らされるようで、少し悲しくなる。


 などと考えながら歩いていると杜白もりしろ駅に着いた。改札を通るとすぐに電車が来て、駆け足で乗り込む。帰りはいつも空いている。帰宅部の数少ないメリットのひとつだ。電車に揺られながら最寄り駅までのおよそ二十分、やっぱりわたしは寝てしまうのだった。


 人間とは不思議なもので、眠っていても最寄り駅に着けば目を覚ます。

 南沢駅に降りたころには、朝からぐずついていた空がしっかりと泣き出していた。ざあざあというノイズがホームの屋根を叩く。もうちょっと待ってくれたっていいのに。傘を持っていないわたしは眉をひそめ、ため息をつく。

 改札付近は、同じく傘を持っていない人が駆け込んできたり飛び出して行ったりと慌ただしい。スマートフォンで天気予報を確認してみると、どうやらこれから夜までずっと雨で、ここで待っていたとてやまないようだった。

 こんなとき、我が家の住人たちが迎えに来てくれたりはしない。徒歩七分の道のりを走るか。ビニール傘を買うか。先週欲しかったCDを買ってしまったし、懐具合は心もとない。

 幸い大雨ではないし、さっさと走って帰って、帰宅即シャワー。ええいままよ。わたしは雨の中に駆け出す。

 いつものように公園を通って近道をする。昨日のベンチに水原の姿はもちろん、ない。




 雨に打たれて冷えた身体を熱いシャワーで流し、気を引き締めて勉強机に向かう。

 適度に雑音がある場所の方が集中できると聞いたことがある。でも、一度駅前のカフェで勉強しようとしてみたところ、わたしは人目があるとだめだとわかった。

 じゃあ、ということで先週買ったCDをBGMに流してみることにする。

 ホット・ガスというインディー・ミュージシャンのデビュー作で、バンドなのかソロなのかもよくわからない。男か女か、どんな背格好なのか、何歳くらいなのか、そんなフィジカルな情報がないままでも、今の時代は誰だってネットで創作を発表できる。ホット・ガスもそんな素性のよくわからないミュージシャンのひとり――ソロであることを前提とした言い方だ――で、最近気に入っている。わかっているのは日本人ということくらい。


 今の時代、なんでもかんでもネットで完結してしまうし、なんでもかんでも無料で体験ができてしまう。良くも悪くも。しかし、わたしは気に入ったものにはちゃんと対価を払いたいと思う性分なのだ。だからCDもちゃんと買う。ダウンロードよりも、断然こっちの方が好みだ。友達の間では古風だと言われるけれど。


 アルバムをプレイヤーにセットし、ボタンを押す。スピーカーから音が流れ始める。落ち着いたミドルテンポに、デジタルなビートとピアノのリフレイン。音楽に詳しくはないが、とても耳心地がいいのはわかる。優しくて、繊細なメロディ。歌が入っていないのも、BGMに最適かもしれない。

 なんだか、勉強がはかどりそうな気がする。これが子守歌にならないようにしないとだ。

 一番苦手な数学の教科書を開き、わたしはペンを握る。

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