4 幽霊がリズムを狂わすか?
わたしは窮地に立たされていた。
これは確かに日頃の自分の怠慢が招いたことにほかならず、誰を責めることもできない。しかし、それでも、恨み言は次から次へと湧いてくる。なんでわたしがこんな目に合わなくちゃいけないの? たまに電車でお年寄りに席を譲ることもあるよ? 食べ物も好き嫌いしないよ? なのに、なんで。この世には神も仏もいないのか。幽霊はいるんだっけ。いや、幽霊なんて、なんの助けにもならない。ああ誰か!
そしてわたしは、急に部屋を片付け始める。これは一体、どういう仕組みなのか。テストのたびに部屋の模様替えを始めてしまう。どう考えても、こんなことをしている場合じゃない。「テスト前 部屋を片付けたくなる 理由」で検索してみよう。いや、それも絶対に今やることではない。
自分の学力で入れる最上級の高校――まあ、一般的には中の上程度だけれど――に奇跡的に合格したはいいものの、わたしの勉強モチベーションはそれと引き換えにすっかり失せてしまった。
一年生の頃は、赤点を取りつつも、ぎりぎりなんとかなった。補習を重ね、先生にごまをすり、どうにかこうにか進級にこぎつけた。
しかし二年生になって、雲行きはかなり怪しい。一年生時点で習ったことがあやふやなままなので、応用だなんだと言われてもまったくぴんとこない。特に数学と化学は、もはや暗号でしかなかった。
進級後最初の中間テストを控えた今、ここでコケるともう取り返しがつかなくなる。と理解しているけれど。
中学生の頃に流行っていた少女漫画を見つける。これ、誰かに貸したままになっていると思ってたのに。なんだ、こんなところにあったのか。いわゆる天啓ってやつ? 久々に読み返してみるべし。そういう神のお告げか。あ、さっき神も仏もいないって考えてたな。まあ、とにかく。思い出に浸る時間って何物にも代えがたいってこと。ていうか、天啓なんて言葉がぱっと出てくるあたり、冴えてるのかも。意外と。わたし、やるときはやるし。うんうん。
「ひかる、ちゃんと勉強してんの?」
「……してないです」
「『全然勉強してない』って言いつつさ。実はこそこそちゃんと勉強してて、それなりにいい点とるタイプの奴いるけど。ひかるの場合、もう、そのまま事実だよね。本気でやってないよね。芯からやってないよね。おでこにやってないって書いてあるよ」
「顔に書いてある、ならわかるけども。なんでキン肉マン方式よ」
古川愛のボケへ返す言葉に、力がないのを自覚する。
「だって、一年生の時から、このやり取りどんだけしてると思ってんの。どうせ、そろそろ部屋を片付け始める頃じゃない?」
毎度テスト前におけるわたしの暮らしぶりは愛ちゃんもよく知るところで、事実とまったく相違ない推論をはじき出すのに充分な時間を共にしてきた。持つべきものは友達である。
懐かしの漫画『夏の耳鳴り』を一気に全巻読破し、そのまま倒れるように眠ってしまった昨日の自分を殴りたい。
中間テストは来週からで、まだ少しの猶予があるものの、「猶予がある」と思ったら絶対にいけないということは既に学んでいる。学んでいるが、その学びが活かされたためしがない。
ていうか、昨日そもそも水原に会うことなくまっすぐ家に帰っていれば、わたしはちゃんと勉強していたんじゃないの? あれですっかりリズムが狂ってしまったのだ。そうに違いない。
梅雨が始まりそうで始まらない、雨が降りそうで降らない。今日はなんだかはっきりしない空模様だ。そのせいで一層ナーバスになる。
「愛ちゃんは、まあ訊くまでもなく、準備ばっちりなんだろうね。羨ましいですなあ」
「そりゃひかると違って、普段からちゃんと授業聞いてるから」
「わたしも聞いてるつもりなんだけど」
「いや、それはどうだろうか」愛ちゃんが大きな目を細めて顔を近づけてくる。「四限寝てたの、見たぞ」
わたしと愛ちゃんは、学食でカレーを食べていた。
学食と言えば、たいていどこの高校でも安くてボリューミーが相場だが、我が宮下高校の学食はそれに加えて非常においしい。入学した際にもらったパンフレットの卒業生の寄稿で、「学食のカレーが懐かしくなります」という一文があった。中学校には学食というシステムがなかったから、とてもそそられたのを覚えている。
藤本と古川で出席番号が前後だったため、入学して最初に話をするようになったのが愛ちゃんだった。愛ちゃんは真っ黒のショートヘアと細身の体型がマッチしていて、とても格好いい。ここが女子高だったら、さぞ同性にモテるだろう。鼻筋の通った横顔は、わたしもたまにどきっとする。
入学当初、ひとりで学食に行くのはなんとなく緊張したので、愛ちゃんを誘って行った。それ以来、わたしたちは、毎日のように一緒に学食に通っている。
「そういえばさ、愛ちゃん。昨日ね」
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