切り裂きジャックからの挑戦状・後編
Side 藤崎 シノブ
=昼・H大学・文芸部部室=
部室は騒然となった。
なにしろ、今テレビやネットで有名な探偵(正確には探偵ではないが)が部室に乗り込んできたのだから。
「皆さん、この人について変わった事はありませんでしたか? 例えば男性のコスプレは辞めるとかそう言う―—」
「ええ、言ってましたけど―—何が起きてるんですか?」
事態が掴めないまま、文芸部の部員の一人が答えた。
「だそうですね? ―—大人しく、自首してください」
容疑者である女性は顔を真っ青にした。
「あの、何の話かサッパリなんですけど―—」
「じゃあ、何で亡くなった被害者のスマホを持っているんですか?」
「な、亡くなった?」
犯人の疑いがある女性はそう呟く。
「おい、どういうことだ?」
「何がどうなってんだ?」
部室にいた部員達は騒然となっている。
まあ無理もない話だ。
「証拠はこの画像です」
そう言ってスマホに映った監視カメラの動画を突き付ける。
「そ、その男の人が何なんですか?」
「この男に変装したのがアナタですね?」
部員達はええっとなった。
事前に説明を受けた前嶋刑事も信じられないと言った顔をしている。
俺も半信半疑だ。
「再度確認するけど、コスプレの技術を使えば変装できるの?」
と、俺はスマホの画像に映る男性と容疑者の女性を見比べる。
特徴が幾つか一致するが、髪の色も違うし、胸のある無しが見て取れた。目つきも違う。
「男装用のコスプレ道具にはバストサイズを抑えるサポーターのような物があるんだ。それを使えばある程度バストサイズは抑えられる」
と、影司は解説をはじめた。
目の前にいる女性の犯人に言い聞かせるように。
「目つきもメイク用の小道具を使えばある程度変えられるんだ。トイレに使われていたメイク用のテープを使えばね」
もしかするとトイレにメイク用のテープがあった時点で変装したと言う可能性を真っ先に考え付いたのだろう。
何故メイク用のテープでトイレのドアを張り付けたのかと。咄嗟に目の前にいる犯人がそれを使ってドアを塞いだのだ。
「髪の色はウィッグ。つまりカツラだ。先に言ったみたいな男装のコスプレの技術が出来るのならそれぐらいは準備できる」
そこまで言うと女性は観念したのか。
「もういいです。かわいい探偵さん、自首します」
と言った。
「自首して頂けるのならそれ以上追及はしません。ありがとう」
「はい―—」
泣きながら犯人の彼女は罪を認めた。
前嶋刑事は「ご同行」寝返るかな? と手錠を付けずに傍に歩み寄った。
犯人は抵抗もせず「分かりました」と答えるだけだった。
☆
=昼・H大学敷地内=
場所を移して、道中で犯人の女性は今回の事件の真相を話してくれた。
女性に呼び出され、恋人の男性との交友関係に問い詰められたのがキッカケだった。
そして話していく内に男性が二股していることが分かったが、女性の方は寝取られたと勘違いした様子を見せたらしい。
そして被害者の女性が刃物を持ち出し、抵抗の末に落とした刃物で刺してしまった―—と言うのが真相らしい。
嘘をついているようには見えなかったが、本当かどうかは分からない。
影司君は黙って聞いていた。
「この時に自首すればよかった」
日本橋のトイレに死体を遺棄する一連のトリックは咄嗟に思いついたらしい。
なまじミステリー小説などの知識があったからだと犯人は語っていた。
元々男装のコスプレが好きで、部室で影司君が語った方法で男性に化けたそうだ。
さらに幸か不幸か、会場にコスプレ衣装などを持ち運ぶための大きなトランクを所持していたようだ。
☆
=昼・H大学・駐車場=
前嶋刑事の愛車で運ばれていく犯人を見つめる。
事件を解決した喜びよりも虚しさを感じた。
「影司くん―—実際のところ、どうしてスマホがこの大学にあるのが分かったんですか?」
俺は疑問に思って尋ねる。
影司君は漫画に出て来るようなハッカーなのかも知れない。
だがそれにしては手際が良すぎるようにも思えた。
メタ的に言えば、名探偵の推理パートをある程度すっ飛ばしてここまで辿り着くのはおかしいと思った。
「知らない方がお互いのためかもしれませんよ?」
「ああ、そう言う―—」
谷村さんや僕のように魔法の力を使うように、何か超常染みた特殊な能力を使っているのだろう。
科学的なハイテク機器を使っているような様子もなかった。
スマホがスパイ映画顔負けのスーパーガジェットの可能性もあるし、もしかするとサイバーパンク的なサイボーグだが人造人間の可能性もある。
そもそもこの現代社会に、異世界を救った勇者の魔法の、鑑定魔法を弾くような超常存在がどれだけいるのだろうか。
つまり魔法にも科学にも精通する超常存在。
それが影司君の正体なのだろう。
これ以上許可なく探れば痛い目を見る可能性もある。
だから俺は「勝手に探りを入れてごめんなさい」と頭を下げた。
「いえいえ。日本橋は何かと物騒ですから―—それぐらいの警戒心を持っていた方がいいのかもしれません」
「そう言って頂けるとありがたいです」
そして俺は話題を変えるように刑事に連れられて去っていく犯人の女性を見つめた。
「話は変わりますけど―—イヤなもんですね、殺人事件って」
「それは同感です。殺人事件と言うのは基本、殺人事件になっている時点でバッドエンドなんです。出来る事があるとすれば、手遅れにならないウチに事件を解決してマシなバッドエンドにするだけなんです」
「そうですか」
なんとも救いのない話である。
「そんな仕事をして辛くないんですか?」
「探偵業は本業じゃないんですよ。だけど切り裂きジャック事件を解決したせいで世間からそう言われてるだけです」
そう言って影司君は苦しげな笑みを浮かべた。
「しかし何というか―—こう言う話をした後で不謹慎なんですけど……」
「事件解決に役に立てなかった事ですか?」
「あ~その、分かります?」
これでも異世界を救った勇者である。
だが地球に戻ってからこの方、谷村さんが頑張って俺はぶっちゃけ荒事専門になっていて、今回の事件ではそれが身に染みて分かった。
分かったのは頭脳労働とか、間違っても探偵には向いてないことぐらいだ。
今回の事件では完全に端役だった。
「知ってますか? ホームズはワトソンがいるからこそ、ホームズでいられるんです」
「はい?」
「どんな名探偵でも一人では本当の名探偵にはなれないと言う意味です。ありがとう、ワトソン君」
「は、はあ……」
どう言う意味なのだろう。
俺は頭を捻った。
☆
=翌日・琴乃学園・図書室=
あの事件の後、悪戯電話をした方も逮捕されて一先ず第二の切り裂きジャック騒動は幕を閉じた。
事件を解決した影司君はともかく、付き添っただけの俺までちょっとばかり有名になってしまった。
教室にいると影司君の事について尋ねられるだけでなく、事件の事についてまで説明を求められる始末だ。
「おや? シャーロック・ホームズの本を読んでどうしたんだい? 名探偵に同行して探偵に興味を持ったのかい?」
と、極めて珍しい事に俺は図書室でシャーロック・ホームズの本を読んでいた。
そこで谷村さんと鉢合わせする事になった。
「どうも谷村さん。仕事は一段落したんですか?」
「まあ長谷川君や前嶋刑事と色々と動いて最近は忙しかったよ。それよりもごめんね、店主からの依頼を丸投げするような感じになって」
「いえ。ほぼ全部、影司君が解決してくれました」
「ほほう」
そして僕は谷村さんに事件の内容を全て説明する。
会話のやり取り―—「知らない方がお互いの身のため」や「殺人事件は基本バッドエンドからはじまる」、「ホームズはワトソンがいて成り立つ」なども話した。
「成程——中々興味深いね」
「うん。彼もどっかの異世界を救ったとかそう言う口でしょうか?」
「あるいはそれ相応の経験したとかかな―—」
もしかすると谷村さんは闇乃 影司君について何か知っているかもしれない。
だが変に探りを入れると敵対してしまいそうで嫌だったのであえて聞かないでおいた。
今はそれよりもシャーロック・ホームズだ。
「ホームズがワトソンがいて成り立つか……まあ何となく分かる気がするね」
「そうなんですか? ホームズさん?」
と、僕は谷村さんの事をあえてホームズと呼んだ。
「そうだよワトソン君。ホームズがホームズたる所以はワトソンがいてこそだ。まあ僕の場合はモリアーティかもしれないけどね」
そう言ってその場から離れる。
俺はシャーロック・ホームズの物語の続きを読む事にした。
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