穢れを落として穢れを得る
穴があったら入りたい、などと心の中で嘆いているボクを差し置き、マーガレット会長が口を開く。
「はぁ……リリーさん、抜け駆けはいけないと思いますよ」
「えっと、何のことでしょうか? べつに何か決め事があったわけではありませんし、わたしとシランちゃんの関係はもう特別なんですから」
一切悪びれた様子を見せずに反論するリリー。さすが、我が道を行く百合ゲー主人公……いや、だからボク相手にそんな主人公ムーブを決められても困るんだってば。
でもたしかに、抜け駆けって何のことだろう。よくわからないね。まさか、実はボクってモテモテなんだろうか?
いやいや、たしかに『フラワーエデン』の中で、ハーレム展開もあったとは思うけど。そういうのは、主人公が中心にいるって決まっているからね。ただのモブがハーレム築いても、誰も喜ばないし得しないって。
つまり、所詮取り巻きのボクには、無縁な話というわけだ。
「なるほど、リリーさんはそういった態度を取られるのですね。よく分かりました。それでは、こちらにも考えがあります」
会長の発言にアイリスが口を挟む。
「いや、生徒会室にシランを連れ込んでいた会長が、今更そんなこと言えた立場なのかよ……」
いや、ボクはべつに連れ込まれたわけじゃないよ? 招待されたから、ついていっただけで。
それに、その発言は特大サイズのブーメランだと思うんだ。ほら、心なしか会長の笑顔に凄みが増した気が……
「アイリスさん、何かおっしゃいましたか」
「はははは……いや、何も」
「よろしいです。では、話を進めますわね」
「……この人、マジおっかねぇよ」
アイリス、自業自得とはいえ不憫な奴。あとで、少し優しくしてあげよう。
それはそうと、会長は一体何を言うつもりなんだろうか。ボクは、一秒でも早くこの場を離れて、永遠に布団にもぐっていたいんだけど。
「それでは、このようにいたしましょう。今この場にいる者は、これから一人一回ずつシランさんを独り占めして良いということで」
「なっ……なに意味の分からないことを言っているのよ! シランちゃんはわたしのなんだから!」
焦った様子のリリーに対し、会長は冷たい視線を送る。
「リリーさんは権利をすでに行使されたようですので、順番なんて回ってきませんよ。もちろんご理解いただいているとは思いますけど」
「そんな……あんまりよ!」
いやいや、べつにショックを受けるようなことじゃないって、リリー。それはそうと、会長は本当に何を言っているんだろうか。ちょっとよく分からないよ?
そんなボクの気持ちを代弁するかのように、しばらく状況を見守っていたキャメリアが口を挟む。さすがキャメリア、頼りになるね!
「いきなり何を仰いますのかしら。そんな勝手な話はわたくしが許しm」
「キャメリア様も、当然シランさんを好きにして構いませんよ?」
「……めちゃくちゃな提案ですわ。そもそも、シランさんの意思だって訊いt」
「そうですね、一日程度なら独り占めしても良いことにしましょうか」
「まあ、会長がそこまで仰るのであれば、ダメとまでは言いせんけど」
前言撤回! 頼りにならなかったね!
その話の流れで、どうして内心満更でもないって感じの表情をしているのさ。キャメリアの真意が掴めない。
それとアネモネ、なんか一人で妄想に耽ってない!? ときどき漏れてる小さな笑い声、ちょっと怖いんだけど。
一体何を考えているんだろうか……いや、知らない方が良いことってあるよね、たぶん。
「それと、シランさんの身が心配ですから、ルームメイトの組み合わせは考え直す必要がありそうですね。生徒会長として、学院側に談判しておきましょうか」
「ええ、その意見にはわたくしも激しく同意いたしますわ。談判の際には、わたくしもぜひ同伴させていただければと」
ああ、うん。それはまあ、常識的に考えてそうなるよね。こんな現場を目撃されてしまったんだから。
膝から崩れ落ちるリリーに対し、ボクは心の中で別れを告げる。
ばいばい、またいつか。たびたび酷い目に遭わされた気もするけど、それなりに楽しかったよ。
「わたしとシラン様が同室になって、夜な夜なあんなことやこんなことを……ふふふ」
ごめんアネモネ、それは勘弁してほしい。いくら男らしくて勇敢なボクと言えども、さすがにストーカーの疑いがある子と生活するのは、ね。怖いものは怖い。
あの百合ゲー主人公でも、ストーキング行為にまでは手を染めていなかったわけだし。
うーんと、あれ? ……手を染めてない、よね?
◇
「シラン様と一緒に入浴できる日が来るなんて! まるで夢のようです」
唐突ながら、ボクは今、アネモネと二人で大浴場に来ている。そういえば、最初にアネモネと出会ったときも、大浴場が絡んでいたね。何となく因果を感じなくもない。
「ボクが言うのも、あれだけど……独り占めの権利、だっけ? それをこんな使い方で、本当にいいの?」
そう、会長が言い出した妙な権利を真っ先に行使したのは、意外にもこのアネモネだった。
最初は、その権利とやらにボクが付き合ってあげる必要なんてないと思っていた。そもそも、ボクの意思を無視した、ふざけた話だしね。
だけど、「一緒に入浴してくれるだけで良いから」なんて言いながらヒロインに頭を下げられたら……さすがに断れない。
騒動の後、寮室の件で会長たちは談判しに行ってしまい、リリーもアイリスに連行されてどこかへ消えてしまった。その結果、ボクとアネモネの二人が取り残されて、何となくそういう流れになったという背景もある。
そんな状況でひと風呂浴びようと誘われたら、そのくらいはまあいいかって気持ちにもなるよね。どうせ、布団へ入る前に入浴するつもりだったし。
「いいんです! いつも遠くから眺めていたシラン様の愛らしい身体が、すぐ目の前にあるというだけで……もう、天にも昇るような気持ちです!」
「あっ、そう……」
しれっと、常習的な覗きを自白したよ、このヒロイン!? やっぱり、今からでも遅くないから逃げようかな。というか、逃げたい。
アネモネに背を向け、気配を消して大浴場の出口へと足を踏み出す。そのとき、ボクの腰に細い腕が絡みつく。
「シラン様、どこへ行くんですか? ちゃんと身体を洗わなきゃダメですよ」
「っ……!!」
当たってる……背中に当たってるってば、アネモネ! えっと、その、柔らかいふくらみをダイレクトに感じるんだってば!
ふう、深呼吸。うん、ちょっと落ち着いた。
「離れて……お願いだから」
「シラン様がそう言うなら。でも、せっかくなのに逃げちゃ嫌ですよ」
ボクは無言で頷くしかない。
べつに浴場で裸を目にしたって、今のボクは何も感じないんだけどさ。以前、アイリスにも説明したと思うけど……ホントだよ!?
ただまあ、さすがに裸で肌が触れ合うのはちょっとね。
「あの……! 実はわたし、シラン様と洗いっこするのが夢だったんです」
なるほど、それは良いことを聞いた。ふふん。こうなったら、ボクがアネモネの身体を洗ってあげようじゃないか。
「わかった。じゃあ、後ろ向いて座って」
アネモネは、ボクの言葉に素直に従う。
よくよく考えてみれば、一糸まとわぬ姿で『フラワーエデン』のヒロインが目の前にいるわけで……何だか久しぶりに、いたずら心が芽生えてきた。
「あっ、待ってください。やっぱり、シラン様を先に洗ってあげます!」
えっ? ちょっと待って、それはまだ心の準備が……
気がつくと、ボクとアネモネは正面で向き合う形になっていた。待って待って。
「せ、せめて背中から……」
「シラン様は、いつも背中から洗うんですか?」
「そう、だよ?」
「違いますよね。いつも右肩から洗っているの、知っています」
いや、なんで知ってるのさ!!
そんなツッコミは不発に終わる。両手を擦り合わせて石鹸を泡立てたアネモネが、その両手をボクの身体に這わせたからだ。
たしかに、浴場の中で裸を見るのは平気と言ったけどさ。裸同士で接触するのは、さすがに刺激が強すぎる。
「シラン様の肌、すべすべです」
「あ……っ、そこは、自分で……っ」
「大丈夫です。わたしが隅々まで綺麗にしてあげますから」
どうしてだろう。久しぶりに主導権を握ろうとしたはずだったのに。その主導権はあっという間にアネモネに握られてしまっていた。
ちょっとした下心を見せてしまった罰なんだろうか。百合ゲーの神は、ボクに対して相当厳しいようだ。
結局、首元から足の先まで余すところなく洗われてしまった。おかげで全身ツッヤツヤ。
息が絶え絶えになり満身創痍なボクに対し、アネモネが期待のこもった眼差しを向ける。
「それじゃあシラン様、今度はわたしを綺麗にしてくださいね」
「……はぇ?!」
「わたし、いつも胸の辺りから念入りに洗うんです」
「もう……勘弁して……」
その後のことは、よく覚えていない。というか、思い出したら羞恥心でどうにかなってしまうので、忘れたことにさせてほしい。切実に。
それと、もうひとつ。
マーガレット会長と公爵令嬢のキャメリアが揃って直談判したにも関わらず、ルームメイトの組み合わせは変わらなかった。
ボクはこの世界の強制力的なものを感じ、苦笑を漏らす。さすがは百合ゲー主人公、この
だけど、肝心なところが間違っている。だからボクは、何度でも主張する。
ボクはただの取り巻きだってば。攻略対象を間違えちゃいけないよ?
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大丈夫です、大丈夫。お風呂で仲良く洗いっこしていただけですよ? やましいことなんて、これっぽっちもないんです(笑顔)
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