これがデジャヴというやつです
「シランちゃん、それはダメよ。絶対に」
「……どいて」
「あうっ、いつも以上に冷たいジト目…!」
「じー……」
「こ、こほん……とにかく、さすがに黙って行かせるわけにはいかないわ」
扉の前に立って、僕の行く手を遮っているのは、ルームメイトのリリー。
一体どうしてこんな状況になっているかというと、それは――。
♢
マグノリアさんからアドバイスをもらったボクは、さっそくアイリスのもとへと突撃するため、学院に帰ってきていた。
たしかに、ボクとアイリスは同じ取り巻き同士。きちんと腹を割って話し合えば、どうして僕から距離を取っているのか事情を話してくれるはずだ。
なのにボクまで消極的になって、この微妙な距離感を放置し続けてきたわけで……情けないね。
そのことに気づかせてくれたマグノリアさんは、やっぱり優秀なメイドさんだ。流石。
思い立ったが吉日。鉄は熱いうちに打て。そんな言葉があるように、何かやるべきことがあるならば、それはすぐさま行動に移すべきだ。
だからボクは、アイリスとキャメリアのいる寮室へ直行した。そして勢いよく寮室の扉を開き……たかったのに、扉の前にはそれを遮る人物がいた。
「シランちゃん、アイリスに何か用事でもあるの?」
いや、まあ用事はあるんだけどさ。そもそも、ボクがアイリスたちの寮室を訪れるのは、日常茶飯事じゃないか。今回に限って、何故リリーが……
「リリーこそ、どうしてここに?」
「……なんとなくね、嫌な予感がしたからよ」
うひゃー。どうなってるんだ、この百合ゲー主人公。もしかして、第六感とかそういうやつ?
正直に言って、ルームメイトながら少し怖くなってきたよ……いや、それは今更だね。
とりあえず、今回の件はリリーには関係ないのないことだ。事実を伝えてさっさとどいてもらおう。
「大したことじゃない、よ? ちょっとアイリスに迫ってみようかなって、そう思っただけ」
「……はいぃ!?」
「な、なに……?」
「えーっと……正気なの、シランちゃん?」
リリーってば、何を大袈裟な。アイリスとは親友の間柄なんだから、ときには積極的に向き合うべき場面もあるでしょ……
怪訝な表情を浮かべて首を傾げるボクに対し、リリーは呆れたような表情を浮かべている。この変態に呆れられるのは、とっても心外なんだけど。
「シランちゃんは、何にも分かっていないのね。もしそんなことをしたら、あのむっつりがどうなることか……想像に難くないわ」
うーん、一体なにを言っているんだろうか?
たぶん何かを勘違いしているんだろうけど、面倒だから、もう強行突破してしまおうかな。早くアイリスに迫らないと。
「シランちゃん、それはダメよ。絶対に」
「……どいて」
こうして、ボクとリリーによる、扉の前での一進一退の攻防が幕を開けた。
♢
「シランちゃんって、思いのほか分からず屋さんなのね……」
「リリーこそ、分からず屋。しつこい……」
いつまで経ってもどいてくれないリリーに対し、ボクも大概イライラしてきた。
「そもそも、リリーは『押してダメなら引いてみろ大作戦』だっけ? それの最中なんじゃ……」
「あわわ……どうしてそのことを!?」
どうしてもこうしても、ボクの視界にそのメモを放置しておいたのは、リリー自身じゃないか。あれで隠しているつもりだったんだろうか?
「よく考えたら、それは愚策だってことに気づいたのよ。シランちゃんは、押して押して押しまくらないと振り向いてくれない、鈍感系ヒロインなんだから」
いや、ボクはヒロインじゃなくて、ただの取り巻きだからね?
というか、またゲームみたいなこと言ってるよ。この世界にも、そういう概念あるんだっけ。
「そうだわ、シランちゃん!」
な、なんでしょうか? 急に、何か思い出したような表情を浮かべるリリー。嫌な予感しかしないので、できれば返事をしたくない……
「確かこの前、同意を取ればシランちゃんを襲ってもいいって言ってたわよね?」
「そんなこと、言ってない……」
いやいや、そんなことボクが言うわけないだろう!?
あー、たぶん、この前アイリスに仕返しで言った内容を指しているんだろうけど、そんなの冗談に決まっているじゃないか。それ以前に、リリーに対して言ってないし。
「いいえ、たしかに言ったわ。シランちゃん、よーく覚えておいて。一度口にしたことは、そう簡単には消えないのよ?」
「ちょっ……リリー、顔近いって」
気がつけば、ボクと鼻がぶつかりそうな距離まで、リリーの顔が迫ってきていた。
おかしい、ボクはアイリスへ迫りに来たはずなのに、どうしてリリーに迫られているんだろう。
「それじゃあ……シランちゃんの唇、わたしが貰うわ。もちろん良いわよね?」
そんな突然、百合ゲー主人公みたいな積極性を発揮されても……いや、この人リアルに主人公だったね、そういえば。
やばいやばい。まさか、この
「ダメに決まってる……」
「良いわよね?」
「ダメだってば……」
「
「だから、ダメだt……ふぐぅううう!?」
ボクの拒絶を遮るかのように、リリーの柔らかい唇が押し付けられる。いや、同意してないよ!?
あぁ、ボクのファーストキスが……
すっかり脱力してしまい、リリーを押し返すことすらも叶わない。それを察したリリーが、静かに微笑む。
そして、さらに口内へと潜入すべく、リリーの舌がボクの唇をこじ開けようとする。
抵抗する術を失ったボクは、このまま
「えっと、これはどういう状況なのかしら? リリーさん」
余裕を失い蕩けていたボクと、そんなボクに夢中になっていたリリーは、いつの間にか寮室の扉が開いていたことにすら、気がついていなかった。
「……どうしてキャメリア様がいるのよ!?」
「どうしてですって? 少し冷静になりなさい、ここはわたくしの寮室の前ですわよ」
「っ……不覚だったわ」
たしかに、言われてみればその通りだ。いくら防音がしっかりしているとは言え、扉の前で騒がしくしていればこうなるのも当然だろう。
「リリーさん、人の寮室の前で発情しないでいただきたいですわ。というか、激しくデジャヴを感じるのですけれど……」
デジャヴか。たぶん、以前アイリスに襲われたときのことを言っているんだろう。あのときも、キャメリアのおかげで、ボクは危機から救われた。感謝するしかない。
それにしても、面倒ごとに巻き込まれすぎだね、お互い……
ただし、キャメリアひとりが現場を目撃した以前とは、少しばかり状況が異なるようだ。
なにせ、ここは人目につきすぎる。
「あたしが言えた立場じゃないけどさ。シランに何してくれてるんだよ、リリー」
「まさか寮の廊下で堂々と襲うだなんて……学園の風紀を守る生徒会長として、さすがに見逃すわけには参りませんわね」
「シラン様は、わたしが守る……」
キャメリアの隣に、同室のアイリス。廊下の先には、仁王立ちのマーガレット会長。物陰からヌッと姿を現したのは、アネモネ。
あーあ、この混沌と表現するにふさわしい事態、一体どうするつもりなのさ。ボクは知らないよ。
そう言って、ボクはリリーを冷やかした。
ごめんなさい、最後に嘘をつきました。そんな軽口をたたく余裕、未だ蕩け続けているボクには一切ありませんでした。はい。
皆が集まり最悪な空気の中、ひとり唇に指を当てて、ペタンとしゃがみ込んでいました。あぁあ、穴があったら入りたい……
ーーーーーーーーーーー
何気に前科者が多すぎます。
シランはもう少し気をつけるべきですね。
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