これがデジャヴというやつです

「シランちゃん、それはダメよ。絶対に」

「……どいて」

「あうっ、いつも以上に冷たいジト目…!」

「じー……」

「こ、こほん……とにかく、さすがに黙って行かせるわけにはいかないわ」


 扉の前に立って、僕の行く手を遮っているのは、ルームメイトのリリー。

 一体どうしてこんな状況になっているかというと、それは――。





 マグノリアさんからアドバイスをもらったボクは、さっそくアイリスのもとへと突撃するため、学院に帰ってきていた。

 たしかに、ボクとアイリスは同じ取り巻き同士。きちんと腹を割って話し合えば、どうして僕から距離を取っているのか事情を話してくれるはずだ。

 なのにボクまで消極的になって、この微妙な距離感を放置し続けてきたわけで……情けないね。

 そのことに気づかせてくれたマグノリアさんは、やっぱり優秀なメイドさんだ。流石。


 思い立ったが吉日。鉄は熱いうちに打て。そんな言葉があるように、何かやるべきことがあるならば、それはすぐさま行動に移すべきだ。

 だからボクは、アイリスとキャメリアのいる寮室へ直行した。そして勢いよく寮室の扉を開き……たかったのに、扉の前にはそれを遮る人物がいた。

 

「シランちゃん、アイリスに何か用事でもあるの?」


 いや、まあ用事はあるんだけどさ。そもそも、ボクがアイリスたちの寮室を訪れるのは、日常茶飯事じゃないか。今回に限って、何故リリーが……


「リリーこそ、どうしてここに?」

「……なんとなくね、嫌な予感がしたからよ」


 うひゃー。どうなってるんだ、この百合ゲー主人公。もしかして、第六感とかそういうやつ?

 正直に言って、ルームメイトながら少し怖くなってきたよ……いや、それは今更だね。

 とりあえず、今回の件はリリーには関係ないのないことだ。事実を伝えてさっさとどいてもらおう。


「大したことじゃない、よ? ちょっとアイリスに迫ってみようかなって、そう思っただけ」

「……はいぃ!?」

「な、なに……?」

「えーっと……正気なの、シランちゃん?」

 

 リリーってば、何を大袈裟な。アイリスとは親友の間柄なんだから、ときには積極的に向き合うべき場面もあるでしょ……

 怪訝な表情を浮かべて首を傾げるボクに対し、リリーは呆れたような表情を浮かべている。この変態に呆れられるのは、とっても心外なんだけど。


「シランちゃんは、何にも分かっていないのね。もしそんなことをしたら、あのむっつりがどうなることか……想像に難くないわ」


 うーん、一体なにを言っているんだろうか?

 たぶん何かを勘違いしているんだろうけど、面倒だから、もう強行突破してしまおうかな。早くアイリスに迫らないと。


「シランちゃん、それはダメよ。絶対に」

「……どいて」


 こうして、ボクとリリーによる、扉の前での一進一退の攻防が幕を開けた。





「シランちゃんって、思いのほか分からず屋さんなのね……」

「リリーこそ、分からず屋。しつこい……」


 いつまで経ってもどいてくれないリリーに対し、ボクも大概イライラしてきた。


「そもそも、リリーは『押してダメなら引いてみろ大作戦』だっけ? それの最中なんじゃ……」

「あわわ……どうしてそのことを!?」


 どうしてもこうしても、ボクの視界にそのメモを放置しておいたのは、リリー自身じゃないか。あれで隠しているつもりだったんだろうか?


「よく考えたら、それは愚策だってことに気づいたのよ。シランちゃんは、押して押して押しまくらないと振り向いてくれない、鈍感系ヒロインなんだから」


 いや、ボクはヒロインじゃなくて、ただの取り巻きだからね? 

 というか、またゲームみたいなこと言ってるよ。この世界にも、そういう概念あるんだっけ。


「そうだわ、シランちゃん!」


 な、なんでしょうか? 急に、何か思い出したような表情を浮かべるリリー。嫌な予感しかしないので、できれば返事をしたくない……


「確かこの前、同意を取ればシランちゃんを襲ってもいいって言ってたわよね?」

「そんなこと、言ってない……」


 いやいや、そんなことボクが言うわけないだろう!?

 あー、たぶん、この前アイリスに仕返しで言った内容を指しているんだろうけど、そんなの冗談に決まっているじゃないか。それ以前に、リリーに対して言ってないし。


「いいえ、たしかに言ったわ。シランちゃん、よーく覚えておいて。一度口にしたことは、そう簡単には消えないのよ?」

「ちょっ……リリー、顔近いって」


 気がつけば、ボクと鼻がぶつかりそうな距離まで、リリーの顔が迫ってきていた。

 おかしい、ボクはアイリスへ迫りに来たはずなのに、どうしてリリーに迫られているんだろう。


「それじゃあ……シランちゃんの唇、わたしが貰うわ。もちろん良いわよね?」


 そんな突然、百合ゲー主人公みたいな積極性を発揮されても……いや、この人リアルに主人公だったね、そういえば。

 やばいやばい。まさか、このボクモブを本気で攻略する気でありんすか、貴女。脳内の口調がおかしくなるくらいには動転している。冷汗が止まらない。


「ダメに決まってる……」

「良いわよね?」

「ダメだってば……」

「だから、ダメだt……ふぐぅううう!?」


 ボクの拒絶を遮るかのように、リリーの柔らかい唇が押し付けられる。いや、同意してないよ!?

 あぁ、ボクのファーストキスが……


 すっかり脱力してしまい、リリーを押し返すことすらも叶わない。それを察したリリーが、静かに微笑む。

 そして、さらに口内へと潜入すべく、リリーの舌がボクの唇をこじ開けようとする。

 抵抗する術を失ったボクは、このままリリー主人公に攻略されてしまうのだろうか……




「えっと、これはどういう状況なのかしら? リリーさん」


 余裕を失い蕩けていたボクと、そんなボクに夢中になっていたリリーは、いつの間にか寮室の扉が開いていたことにすら、気がついていなかった。


「……どうしてキャメリア様がいるのよ!?」

「どうしてですって? 少し冷静になりなさい、ここはわたくしの寮室の前ですわよ」

「っ……不覚だったわ」


 たしかに、言われてみればその通りだ。いくら防音がしっかりしているとは言え、扉の前で騒がしくしていればこうなるのも当然だろう。


「リリーさん、人の寮室の前で発情しないでいただきたいですわ。というか、激しくデジャヴを感じるのですけれど……」


 デジャヴか。たぶん、以前アイリスに襲われたときのことを言っているんだろう。あのときも、キャメリアのおかげで、ボクは危機から救われた。感謝するしかない。

 それにしても、面倒ごとに巻き込まれすぎだね、お互い……


 ただし、キャメリアひとりが現場を目撃した以前とは、少しばかり状況が異なるようだ。

 なにせ、ここは人目につきすぎる。


「あたしが言えた立場じゃないけどさ。シランに何してくれてるんだよ、リリー」

「まさか寮の廊下で堂々と襲うだなんて……学園の風紀を守る生徒会長として、さすがに見逃すわけには参りませんわね」

「シラン様は、わたしが守る……」


 キャメリアの隣に、同室のアイリス。廊下の先には、仁王立ちのマーガレット会長。物陰からヌッと姿を現したのは、アネモネ。

 あーあ、この混沌と表現するにふさわしい事態、一体どうするつもりなのさ。ボクは知らないよ。

 そう言って、ボクはリリーを冷やかした。


 ごめんなさい、最後に嘘をつきました。そんな軽口をたたく余裕、未だ蕩け続けているボクには一切ありませんでした。はい。

 皆が集まり最悪な空気の中、ひとり唇に指を当てて、ペタンとしゃがみ込んでいました。あぁあ、穴があったら入りたい……




ーーーーーーーーーーー




何気に前科者が多すぎます。

シランはもう少し気をつけるべきですね。


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