第75話 帝国枢密院


 大アルゼ帝国枢密院は、三名の国家の元勲及び現皇帝の二人の弟より構成されている。また、枢密院会議は皇帝の御前にて開催され宰相がオブザーバーとして参加する。議題によっては関連する閣僚などが陪席する場合もある。


 現皇帝ハイネ4世、2等爵皇弟エーリッヒ・フロスレーベン、2等爵皇弟ハインツ・フロスレーベン、4等爵宇宙軍元帥グラーフ、4等爵同シュトルム、4等爵元宰相カントール、現宰相ヤコビ、以上七名が正規の出席者である。なお、大アルゼ帝国では2等爵が最高爵位で現皇帝の二人の弟がこれにあたる。1等爵は摂政にのみ与えられる爵位であり現在はもちろん空位である。今日はその他、宇宙軍軍令部総長も陪席しており、皇帝を含む出席者の下問に答えるべく控えている。


 早期の枢密院会議の開催が必要な時局ではあったが、ハイネ4世の健康上の理由から会議の開催が数日延期されていた。その間、宇宙軍軍令部も主星系であるハミラピラトラ星系の防衛計画の細目の検討や状況の分析を進めていたが出来ることは限られていた。


 議長役の元宰相カントールが今日の枢密院会議の主要議題である派遣艦隊およびアギラカナについて説明を始めた。


「ご存じの方もいらっしゃると思いますが、六日前ほど前、星間国家アギラカナに投降したマルコ中将より通信があり、アギラカナから帝国に対する要望なるものが示されました。


 それによりますと、帝国領域において軍事作戦行動を認めてほしいというのが一点。もう一点は彼らが太陽系と呼ぶG013星系への帝国の艦船の無断進入の禁止という二点です」


「二点目は理解できるが、その帝国領域における軍事作戦行動とはいかなるものなのかね?」


 グラーフ元帥がカントールに質問し、他の出席者も同じようにカントールの答えを待っている。


「アギラカナは、どうも先日大災厄に見舞われミトカナ星系および、我々が秘密としてきたミトカナ星系近傍の星系が壊滅した情報を持っているようです」


 その発言で、会議室内は騒がしくなったが、すぐに御前であることに気付いた面々は静かになった。


「しかも、その災厄は、ゼノとアギラカナが呼称する宇宙生命体によってもたらされたものであり、帝国にはそのゼノに対抗する手段がないと述べています。そのゼノは一般生命体に対する脅威であるため、ゼノを撃破する技術を持つアギラカナが、今現在もミトカナ星系内の惑星シノーの内核に潜んでいると考えられるゼノ、および恒星間空間を移動中のゼノを排除するための作戦行動の許可を求めているというものです」


「そのゼノというものが存在しているかどうかも分らないうえ、帝国内での他国軍隊の作戦行動など認められるわけがない」


 出席者のほとんどが頷くなか、カントールが続ける。


「なお、アギラカナ側の作戦行動を阻害するような行動を帝国がとった場合、ここハミラピラトラ星系内の帝国の全作戦艦艇を撃破後、首都惑星アーゼーンの制圧も辞さないと伝えてきています」


 最後の言葉で、一瞬会議室が静まった。


「軍令部の考えはどうなのかね? アギラカナと帝国が戦うとして勝算はいかほどかな?」


 カントールが宇宙軍軍令部総長に問う。


 出席者から視線を向けられた宇宙軍軍令部総長が額の汗をぬぐい、


「帝国の威信にかけて、帝国領内での他国戦力の展開は避けなければなりませんが、軍令部の分析では、最新鋭艦艇を揃えたマルコ中将の派遣艦隊が全く手も足も出ず投降せざるを得なかった敵です。現在、主要艦艇のほとんどがハミラピラトラに集中配備を終え展開中ですが、おそらく帝国がアギラカナに対抗することは難しいと考えられます」


「持って回った言い方だが、いくさなどはやって見なくてはわからんだろう。そもそも派遣艦隊がアギラカナなどという訳も分からぬ相手に一戦もせず投降したのはマルコ中将の敢闘精神が不足していただけではないのか!?」


「戦いもせず投降するなど、敢闘精神以前の問題だ。敵がなんであろうと相討ち覚悟で突っ込んで融合弾を撃ちこんでしまえば沈むだろう」


 二人の宇宙軍元帥が口をそろえる。


 そこに、会議室への入室を求める旨の連絡がカントールに入った。


「いま、軍令部次長が参り入室を求めておりますので、許可しようと思いますが、陛下よろしいですか?」


 一段高い場所に座すハイネ4世が頷く。




「失礼いたします。ただいま、宇宙軍にマルコ中将の派遣艦隊からの連絡が入りました」


「何? また、アギラカナからの通信か?」


「いえ、ミトカナ星系から発信された通信とのことです」


「ミトカナ星系? どういうことだ?」


「アギラカナがミトカナ星系に超空間ジャンプを行い、ジャンプアウト後、派遣艦隊の全艦、全乗員がアギラカナから解放されたそうです。当初、我々は惑星相当のアギラカナが宇宙船であるというマルコ提督の情報を疑っていましたが、実際に超空間ジャンプを行った模様です。しかも、われわれの超空間ジャンプにおける移動速度のおおよそ40倍の速度でミトカナ星系に到達したようです。


 さらに、マルコ提督によりますと、惑星シノーに潜んでいるという宇宙生命体ゼノを撃破すべく、アギラカナは惑星シノーに接近後、惑星そのものを破壊しゼノを裸にしたうえ撃破するそうです。その状況を観測すべく現在派遣艦隊は星系外縁部で停止し状況を観測中で、おそらくあと二十分ほどで、派遣艦隊より観測結果が順次送られてくるものと思われます。以上です」


「ご苦労」軍令部総長が次長をねぎらい、次長は退出していった。


「まずは、しばらく待って、観測結果とやらを見てみようじゃありませんか。それでは、陛下、会議はしばらく休憩に入ろうと思いますがよろしいでしょうか?」


 ハイネ4世が頷いたのを見て出席者が私語を始めた。



 二十分ほどして、


「いま、派遣艦隊より映像が届いたようです。それでは、前面モニターに映します」


 まず最初に映されたのは、アギラカナだ。幾何学的球面、太陽に照らされた半球が白く輝いており、その裏側の陰になっている面はところどころ発光して誰がどう見ても人工物に見える。


 次に映し出されたのは、アルゼの開拓民二十万が命を落とした惑星シノーが赤黒く光を放っている。アギラカナの大きさは近くに比較する物がないため見ただけではわかりづらいが、観測上は直径14000キロに及ぶということだ。


 そのアギラカナがゆっくりと旋回をはじめ、まもなく停止した。


 見ていると、惑星シノーがアギラカナ側に向いた地表部分の中央辺りが白熱化し一部が宇宙空間まで吹き飛んで行った。そして、すぐに惑星が膨らみ始め、真っ白な閃光が内部からあふれ出て、その光が一気に広がっていった。


 宇宙空間に広がった閃光の一部は徐々に温度が下がったのか赤みを帯び始め、やがて黒い星間漂流物となり、最初に吹き飛んで飛散した惑星の破砕物と同じように星系内を衝撃波が拡がるように拡がっていく。惑星の残骸が高速でアギラカナにも到達し始めたようだが、アギラカナに近づくものは何らかの手段で破壊されているようで、光を放ち四散してしまいアギラカナには破片は衝突していないようだった。


 飛散する惑星の残骸が通り過ぎた後、アギラカナが大写しとなり、その表面の一部から新しく光が漏れ中から超大型の宇宙船が四隻ほど現れた。その四隻の宇宙船は惑星シノーのあった方向にゆっくりとした動きで移動を始め、ある程度進んだ四隻は停止しそこで爆発したように見えた。


 爆発したかに見えた四隻は、その表面から無数のミサイルを発射していたようだ。そのミサイルが何かに着弾すると同時に閃光が走る。……


「言葉も出ませんな」元宰相カントールが一言感想を述べた。


「……」。元帥二人も黙って下を向いてしまった。


「それで、いかがしましょう。アギラカナが文字通り惑星を破壊できることも証明されました。また宇宙生命体ゼノなるものはこの映像では確認はできませんでしたが存在することは事実なのでしょう」


 誰も発言する者はいない。


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