第34話 閑話。火星降下訓練、首都制圧演習


 アギラカナ宇宙軍陸戦隊の戦術単位は、通常一個連隊であり、強襲揚陸艦の攻撃機部隊と連動することでこの一個連隊で惑星制圧は可能と考えられている。


 通常、一個連隊は八百名の陸戦隊員を擁する大隊四個、三千二百名で構成され、一個大隊は四個中隊、一個中隊は四個小隊、一個小隊は四個分隊で編成される。一個分隊は十二名の陸戦歩兵で構成され、陸戦歩兵一人当たり最大十二機の無人支援兵器が随伴する。大隊八百名のうち、十六名が大隊司令部要員、残り十六名が作戦時の分隊欠員への補充要員となる。


 きょう、降下訓練を行うのは、東京上空100キロに滞空する強襲揚陸艦AA-0001-ブレイザーに搭乗する陸戦第1連隊所属の第1大隊八百名である。


 AA-0001は東京上空から動かすことが出来ないため、今回の降下訓練には、アギラカナよりH3級強襲揚陸艦2番艦AA-0002が、降下訓練に参加する陸戦隊員の運搬用に参加している。アギラカナでは現在錬成済の陸戦隊員が不足しており、AA-0001も、一個大隊欠員の三個大隊が搭乗するのみで、AA-0002に至っては、保安要員の陸戦隊員が搭乗するのみである。


 なお、H3級強襲揚陸艦の陸戦隊員の最大定員は三千六百名であり、増強一個連隊、四個大隊+八個小隊が搭乗できる。

 



 今日の降下訓練の様子を観戦しようということで、大使館の八階の連中と、一条、それに一条のお客さんの法蔵院麗華女史とその秘書の代田しろた氏で休憩室のスクリーンの前に立つアインの説明を聞いている。


「第1大隊、状況開始します」


 アインの状況開始を告げる声で、休憩室の照明が少し落とされ、正面のスクリーンに火星の赤茶けた表面が映し出された。一条も法蔵院麗華女史と代田しろた氏も声もなくスクリーンを見つめている。この二人は、一条以外で初めてこの大使館のアギラカナ専用階に招かれた地球人と言うことになる。


 いろいろ度肝を抜かれるような映像が続いている中で、二人とも今東京上空に居座っている宇宙船の他に同じものがもう一隻火星の軌道上にいることに意識が向かなかったようだ。


 強襲揚陸艦AA-0002から銀色に輝く分隊降下ポッドが火星の赤茶けた地表に向けて一斉に発射された。


「降下が始まりました。

 分隊降下ポッド一基で分隊十二名と分隊員に随伴する全支援兵器が一度に降下できます。通常作戦時は光線兵器に対抗するためステルスモードで降下突入しますが今回は訓練のため目視可能な状態で降下しているようです」


 スクリーンを前にして、元陸戦隊員のアインが解説する。


「今回の降下は、破壊漏れの惑星拠点からの反撃を受けにくくするため、比較的低空である惑星上空20キロから実施されます。

 陸戦一個大隊を構成するのは四個中隊で一個中隊は一六個分隊で構成されますので、六十四個分隊、分隊降下ポッド六十四基による降下です。今回のの想定では、艦砲による地上制圧射撃および強襲艦の艦載攻撃機による敵軍事拠点の破壊が七割ほど完了したものとして状況開始しています。地球上の都市を実際に制圧する場合ですと、既に地球上の人口五万以上の全都市および陸上、水上、水中問わず艦船を含む軍事拠点の精密情報を取得していますので、事前攻撃による軍事拠点の破壊率は99パーセントを超えます」


 無音のスクリーンの中で、高速で地表に突入した降下ポッドが巻き上げた褐色の粉塵の中から鈍い銀色の装甲服を着た陸戦歩兵が両手に小銃型の実体弾投射機を持ち散開していく。その陸戦歩兵一人一人の頭上および周辺には同じく銀色に輝く無人支援機が多数随伴している。


「各分隊が、制圧目標に向かい進撃を開始しました。今回の演習での制圧目標は、大陸中国首都を想定していますので、各陸戦歩兵のヘルメットに内蔵されたバイザーには大陸中国首都を含む周辺の状況が仮想的に映し出されています。

 最新の情報に基づき、大陸中国首都周辺に大陸中国軍二十個師団相当が展開中との想定です。第2中隊が首都南東、第3中隊が首都南西に降下展開完了したようです。第2、第3中隊は散開しつつ、第4中隊が直接大陸中国首都中央部に降下し抵抗を排除しつつ首都制圧を進めていきます。

 北に回り込んだ第1中隊が、事前攻撃を免れたミサイル基地と思われる軍事拠点を完全破壊後、敵残存部隊を掃討しています」


 淡々とアインの説明が続く。


「一人の陸戦歩兵には、近接戦闘用として六機の四足歩行型の無人支援兵器、遠距離攻撃および気層、液層中の装甲拠点撃破用に八足歩行型の大型無人支援兵器が二機、上空より監視用に球型支援兵器が四機随伴しています。

 それでは、陸戦隊員たちがバイザー越しに見ている戦闘状況をスクリーンに映してみます」


 無音であるため、見ている分にはさほどの移動速度ではなさそうだが、対比物とすれ違うとかなりの速度で陸戦隊員たちが進撃していることが分かる。


「スクリーン右下の小マップが周囲の状況を表しています。今は分隊モードですので青い点が所属分隊の位置、緑の点が味方の位置、赤い点が戦術目標を示しています」


 青い点と緑の点が一方向に移動し、移動先の赤い点が点滅するとすぐに消えていく。


「表示モードを分隊モードから、大隊モードに変えてみましょう」


 青い点の集まった塊が首都を示すらしい区域の中心部から、周辺に向かって広がり始め、首都の周囲を囲むように展開していた三つの青い点の塊が、首都方向と外側方向に広がっていっている。赤い点はまだかなり残っているのだが首都中心部には赤い点はすでにない。


 さきにアインが解説した通り、四足歩行型の無人支援兵器が六機と八足歩行型の大型無人支援兵器が二機が、陸戦歩兵を囲むように展開し、その頭上に四機の球型の支援兵器が飛び回っている。煙を上げる瓦礫の中からたまに銃弾が発射されるのだが、打ち出された銃弾が頭上で飛び回っている球型の支援兵器が発する光線兵器によって撃ち落されていき陸戦歩兵に届く弾丸はない。しかもすぐに発射点が特定され高速で移動可能な四足歩行型の無人支援兵器の鎌の刃先のような形をした近接武器で蹂躙されてしまう。


 陸戦歩兵は周囲に展開する支援無人兵器の操作が主任務なのだが、たまに両手で構える小銃型の実体弾投射機から実体弾を発射し大型の遮蔽物などを破壊している。発射された実体弾自体はもちろん目視できないのだが、その通過跡が陽炎のように揺らめくので実体弾が発射されたことが分かる。


 今発射された実体弾の着弾先がビルの基部だったらしく、そのビルが噴煙を撒き上げながら下に向かってゆっくりと崩落を始めた。前方、側方、いたるところで噴煙が立ち上り多数のビルが倒壊していることが分かる。無音で破壊されていく都市の姿に一条たちいわゆる部外者の三人は声もなく圧倒されているようだ。


「今回のような気層や、液層では、環境破壊につながる高出力の光線兵器や熱破壊兵器の使用は極力避けて、物理破壊兵器を用いて制圧を進めていきます」


……


「地球上の兵器で陸戦歩兵の装甲服を抜くには10メガトン以上の熱核反応の直撃が必要ですがそういった兵器は事前に、悪くとも精密探知の有効距離に入り次第破壊出来ますので実質地球上の兵器では作戦中の陸戦歩兵の撃破は不可能です」


……全戦術目標、撃破ないし占拠完了しました。状況終了したようです」


 スクリーン右下の小マップから最後の赤い点が消え、淡々としたアインの説明が終わり、最後にスクリーンに訓練を総括した数字が表示された。


 戦闘結果:

 被撃破陸戦隊員    :0/800

 被撃破無人支援兵器  :0/9216

 戦術目標達成率100%

 経過時間:23分20秒


「来週、再来週と、第2、第3大隊による演習が順次行われます。第2大隊の戦術目標はロシア首都制圧、第3大隊の戦術目標は合衆国首都制圧となっています」


 一条たち三名はさすがにアギラカナの軍事力に驚いたようだ。仮想現実と組み合わせた降下訓練だったがそれでもインパクトは有った。アギラカナなら実際可能なのだと十分見ている者に伝わったことだろう。かくいう俺も、陸戦隊員たちの戦闘力を初めて見たわけだが、これほどのものとは思わなかった。






[あとがき]

この閑話、掲載中の『アギラカナ外伝、法蔵院麗華~無敵のお嬢さま~』第18話、火星降下訓練に加筆、修正したものです。


SF『銀河をこの手に-試製事象蓋然性演算装置X-PC17-』

https://kakuyomu.jp/works/1177354054898406318


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