第29話 一条佐江2


 大使館が即日出来てしまったのには驚いたが、内部の機材は、エネルギー関連以外は駆逐艦のものを流用したそうだ。そのため、アギラカナ専用階と考えている八、九、十階は、完全閉鎖環境を作ることができ、その中であっても長期にわたり生活できるらしい。しかも宇宙空間と違い燃料となる雨も降ってくるし、大気中に二酸化炭素もあるため、食品を循環再生しなくとも、チューブ入り栄養食を製造でき、機材の耐久限界まで生きていけるそうだ。その前にこちらの寿命の方が先に尽きるらしい。 


 今乗っている強襲揚陸艦の中の方がなにかと便利なのだろうが、早めに執務室を大使館に移してしまおうということで、今の仮執務室一帯をそのまま、大使館の八階に移設してしまった。今までは、仮執務室の隣が俺の私室だったが、これからは、九階の居住区画の中にある部屋が俺の私室になる。不要と思ったので大使用の個室は作らなかった。


 今まで、駐在員として日本で生活していた連中も集合し、食材を含む資材の発注、工事の発注打ち合わせを行っている。全員大使館員扱いで日本政府からビザを免除してもらっている。また警護のため、上の陸戦隊から一個小隊五十名も加わっている。陸戦隊員用無人支援兵器は、少数だがその他の装備とともに地下三階の格納庫に収納されている。物騒な武器を持ち込んでいるわけだがいまさらだろう。


 今のところ日本人スタッフ用に七階、アギラカナ用に十階に二十四時間対応の無料食堂があるのだが、そこで提供される料理は自動調理器で調理されたものだ。この自動調理器は、以前アギラカナで俺用に開発されたもので、食材と出来上がりの状態などのデータを与えると短時間で調理する機械で、特に凝った物でなければ十分美味しく食べられる料理が出来上がる。

 




 世間は、二週間前のアギラカナショックからようやく落ち着きを取り戻しつつあった。


 一条佐江は、アギラカナショックの翌朝、テレビに映った山田と名乗る人物が、海外に就職すると言っていた先輩の山田圭一にそっくりだったため、かなり驚いたのだが、よく考えてみるとさすがにそれはないと自分で納得していた。何度か圭一に送ったメールに返事はなかったが、海外にいると思えば納得できる。


 きのうまで残業続きでくたくたになって、しかも今日は休日出勤だった。やっと先ほど自宅に帰り着いたところだ。


 冷蔵庫から缶ビールを取り出し、近くのコンビニで買って来たつまみを肴(あて)に久しぶりにテレビをつけるとニュースをやっていた。


「本日午前、政府がアギラカナ国に対し大使館用地として貸与していた敷地におきまして、アギラカナの作業船と呼ばれる宇宙船により、わずか半日で大使館が建設されました。その模様を途中から映した映像がこちらです」


 プッシュー。ごくごく。フー。


 映像を見ていると、空から建物が下りてきて、それが、すっぽりと地面に出来た大穴にはまってしまった。ただそれだけの映像だったがすごいと思った。


「すごいなー。私の仕事も、あんなふーにすぽっていかないかなー」


 ごくごく。


 独り言をつぶやきながらビールを飲む。


 全面がガラス張りに見える大使館の全景を映したところで映像が終わった。リモコンを操作し、チャンネルを変えてみると、今年の流行語大賞にノミネートされたことばを紹介していた。


「本日、今年の流行語大賞にノミネートされた流行語が発表されました。この中で最も注目されていることばは、そう『アギラカナがキタ?!』ですね。まあ、これは大賞間違いないでしょう。そしてこちらが第二位となるのではと話題のこのことば、『ミスター山田と四人の美女』これですねー。……」


 ミスター山田と四人の美女の横顔が大きく画面に映し出された。


「プーー!」


 一条佐江はテレビ番組を見ながら、口からビールを噴き出すのだった。


 ミスター山田はかなり若く見えるが、どうみても自分の知っている山田圭一とミスター山田は同一人物である。


 台所から台ブキンを持ってきて噴き出したビールを拭いているとスマホが鳴った。


 ピロン、ピロン。


 先輩からだ!



『一条、今電話出れるか?』


『先輩、どこから?』


『今は、東京だ。電話はどうなんだ?』


『OK』


『分かった。いま電話する』


 ピロロン、ピロロン。ピロロン、ピロロン。


「はい。一条です」


『おう、俺だ。ご無沙汰。実はお前に頼みがあるんだが、明日会えないか?』


「今電話じゃダメなんですか? そんなことより、先輩はあのミスター山田なんですよね?」


『電話で俺がミスター山田だって言ったらお前信じるか?』


「信じますよ。だって、テレビに出てる顔と先輩の顔同じじゃないですか」


『へー、俺と話題のミスター山田がそんなに似てるのか? 世の中には自分そっくりな人間が三人いるらしいからな。そういうこともあるかもな』


「嘘なのか、ほんとなのかはっきり教えてくださいよ」


『分かったから、それも含めて会って話そう。場所は、そうだなー。華菱はなびしでどうだ? 時間は何時がいい?』


「そこって、和食ですよね。そしたら美味しい日本酒でいただきたいから、夕方の七時でどうです? そこで詳しく話してくださいよね」


『分かった、明日の夕方七時に華菱はなびし、俺の名前で個室を取っておくから忘れるなよ』




 翌日、夕方。


 ステルスモードの連絡艇で大使館からこの街まで送ってもらい予約した店にやって来た。


 約束は午後七時。五分前に店に入り、名前を告げると、仲居さんに個室に案内された。


「お連れ様は、もういらしてますよ」


 仲居さんが開けたドアの先には、四人掛けのテーブル席に、一条が座っていた。


 一条の向かいに腰を下したところで、


「よう、一条。久しぶり。呼び出して悪かったな。料理はおまかせコースを頼んでるんだが、それでいいか?」


 一条が頷くのを見て仲居さんが、


「ご予約どおり、おまかせコースでよろしいようですね? お飲み物はいかが致しましょうか?」


「取り敢えず、瓶ビールで。一条、お前も最初はビールでいいだろ?」


 一条が黙って頷く。


 仲居さんが、部屋を出て、ドアを閉めたとたん。一条がすがめで俺の方を見ながら、


「あなた、山田先輩ですよね?」


「どうしたんだ、急に?」


「山田先輩の偽物かもと思ってじっと見てたんですが、どうも山田先輩じゃないような、掛けてる眼鏡もなんか変だし」


「なにバカなこと言ってんだ。俺だよ、山田圭一だよ。まったくもう」


「今のところは、そういうことにしておきましょう。それで、その山田さんは私にどのようなご用件でしょうか?」



「失礼します。先付けと、ビールでございます」


 小鉢と、ビールのグラスが二人分テーブルの上に置かれ、仲居さんがグラスにビールを注いで出て行った。



「取り敢えず、乾杯」


 二人で軽くグラスを合わせる。一条はグラスに入ったビールの三分の二ほどを一気に飲んだ。小さいグラスだからな。


「先輩、やっぱり、ミスター山田さんなんですよね?」


「こら、声がでかい。もう少し抑えて。世間じゃそう呼んでるみたいだな」


「じゃあ、先輩は宇宙人さんだったんですか?」


「目の前の俺が宇宙人に見えるか?」


 掛けていた黒縁の度なし眼鏡を外し、一条の目を見ながら、


「その山田さんがだな、お前に頼みたいことは、今の会社を辞めて、俺のところで働かないかってことだ」


「私に宇宙人になれって言ってんですか!」


「まだ言ってんのか、違うよ。今度出来たアギラカナの大使館で俺の下で働かないかと言ってるんだ。待遇は、そうだなー、特別補佐官にしてやる。日本人スタッフをこれから増やしていくんだが、それの実質トップだ。給料は、今のお前がもらっている月給の十倍でどうだ?」


「残業代込みの額面給料ですよ」


「妙に細かいやつだな。分かった。それでいい。それじゃあOKってことでいいんだな」


「先輩のためですから、頑張ります」



「失礼します。蟹真丈かにしんじょう柚子ゆずのお吸い物になります」



「先輩、そろそろ、日本酒いきましょう。私は、この〇四代の大吟醸、ボトルで。先輩は何にします?」


 お酒のメニューを見て一条がはしゃいでいる。


 人の金だと思って、高い酒を頼むやつだな。



 俺はこの日、一条を護衛対象者とするようアインに指示をした。



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