ナナとミキ〜迂路百合妄想〜

やまめ亥留鹿

ナナとミキ

 私とナナの仲は絶対に内緒。二人だけの秘密だ。


 物腰柔らかで人当たりが良く、幼さが残るも端正な顔、いつでも失わない春の柔らかい陽光のような微笑み。

 周囲の誰からも好かれるあの子は、私の大切な恋人だ。


 正直、私なんかとは釣り合わないほど魅力的な女の子だ。

 ろくに友達もいなくて性格の暗い私を、あの子は大好きだって言ってくれる。

 それだけでもう、私は幸福に満たされる。


 学校で言葉を交わすこともあまりないけど、そんなこと、別にどうでもいい。

 ふと目が合った時には、ナナは必ず微笑みかけてくれるから。




at 12:30:00 p.m.


 不意に、ポケットに入れていたスマホが震えた。

 見てみると、メールが届いたらしい。

 もちろん、ナナから。



『さっきの授業、居眠りしてたでしょ?いけないんだー笑笑

 お昼ご飯ちゃんと食べるんだよ』



 思わず頬が緩む。

 できればナナと一緒に昼食を食べたいけど、仕方ない。

 いつもぼっち飯だけど、休み時間にはこうやってやり取りもできるし、寂しさは紛らわせる。


 私は手提げカバンを手に取って、ひとり席を立った。

 いつもの場所に向かおうと廊下を急ぐ。

 角を曲がろうとした時だった。視界が人の影でふさがった瞬間、身体に重い衝撃が走った。


 ぶつかった相手が軽い悲鳴をあげてよろけたが、そばにいた友達が咄嗟に腕を回して彼女を支えた。

 一方の私は、膝から崩れ落ち、手に持っていたカバンも取り落としてしまった。

 

 ぶつかった相手……ナナが、申し訳なさそうに手を差し伸べてきた。


「ごめんなさい、怪我はない? 大丈夫ですか?」


 一瞬思考が固まった後、私は慌ててカバンを拾い上げ、彼女の前から走り去った。

 

 ああ……不自然過ぎたかもしれない。

 いくらなんでも、何も言わずに逃げたのはまずかったかな。


 


 軽く後悔をしつつ、いつもの場所へと向かった。

 屋上へ続く薄暗い階段に着く頃には、鼓動が激しく胸を打っていた。

 もしかしたら、走ったせいではなくて、学校でナナに限りなく近づいて話しかけてもらえたからかもしれない。


 『好き』という言葉が頭の中を埋め尽くす。

 階段の最上段に腰掛けて、お弁当よりも先にカバンからスマホを取り出す。



『さっきはごめんね! 

 驚きすぎて声が出なかったよ……でも、ナナと言葉を交わせて嬉しかった』


 急いで文字を打ち、興奮に痙攣する手で送信ボタンを押した。

 


*****


「行っちゃった……」

「あれ、同じクラスの……ってそれ何?」


 ナナの手元を覗き込み、彼女の友人が問う。


「ミキさんが落としていったの。コレ届けてくるから、先に教室に戻っておいてください」


 友人と別れたナナは、大慌てでトイレに駆け込んだ。

 握り締めたミキのスマホのロック画面を見つめる。四桁のパスワードが必要らしい。

 少しの間何事か考えるそぶりを見せる。そして逡巡してから、



 ****



 ナナは自分の誕生日を入力した。

 

「いけちゃった……」


 まさかとは思ったが、すんなりとロックを解除できたことにナナは困惑した。

 しかし、その困惑の中には確かな嬉しさも混在していた。


 恐る恐る画面に指を近づけようとした時、メールアプリのアイコンに数字が表示された。

 メールを受信したのだろう。


 ためらいつつも、ナナの人差し指はそこに触れていた。

 アプリが開いて、メールボックスの中へ。

 受信メール一覧の一番上に、ミキから届いた未読のメールが一通ある。

 その下のメールも、全てミキからのものだ。


 速まる鼓動に後押しされて、ナナは未読メールを開いた。


 それは、ミキからナナへのメールだった。

 ナナの持つスマホは、ミキの所有物のはずなのに。


 過去のメールを次々と見ていき、


「ミキさん、こんなことしてたんだ」


 ポツリと呟いたナナは、トイレの個室から出ると小走りになって目的の場所へ向かった。



 屋上へ続く階段を上る。

 最上段の端で身体を縮こまらせて座っていたミキが、驚愕に目を見開いた。


「ミキさん!」


 ナナの声に、ミキは肩を跳ね上がらせた。


「は、はいっ!」


 反射的に返事をした声は、見事に裏返った。

 ズンズンと階段を上り、ナナがミキの目の前に立つ。

 ミキを見下ろすナナと、目を泳がせて顔を伏せるミキ。

 

「ミキさん、先程の落とし物です」


 ナナの手に乗ったスマートフォンを目の当たりにして、ミキは身体を震わせた。

 ミキが「あ、ありがとう」と手を伸ばすが、ナナはミキの手をサッとかわした。


「ミキさん、あなた一体どこの世界の私とメールをしているのですか?」


 ミキは全身の血の気が引くのを感じた。

 

「ミキさん、あなたは一体どこの世界の私とお付き合いしているのですか?」


 目を伏せ、口をつぐむほかなかった。

 恐怖がミキを襲う。


「とんだ妄想です。想像の私と恋人ごっこだなんて。こんなので満足ですか?」

「ご、ごめんなさい……」


 首を垂れて謝罪するミキに、ナナはこれみよがしにため息をついて見せた。


「こんなこと、もうやめてください」

「はい……」

「で、ちゃんと現実の私とお付き合いしてください」

「はい……ん? えっ?」


 ミキが思わず顔をあげる。

 

「私、いつもミキさんからの熱い視線を感じてドキドキしてたの。えっへへ、私の勘違いじゃなかったんだ、嬉しっ」

「は? え? 引かないの? こんなことしてて気持ち悪くない?」

「最高に幸せな気分です! そんなにも深く愛されたことなんてないもの!」

「声大きいよ……」


 力強く拳を握りしめるナナに、逆にミキが呆れ始める。


「あ、ごめんなさい、つい。それでミキさん、お返事は?」

「あっ、う、うん……よろしくお願いします」


 ミキが信じられない思いで返答する。ナナは両手を合わせて微笑んだ。


「よし、これでようやくミキさんの想像の私と同じスタートラインに立てたね」

「は、はあ……そうなんだ」

「で、どこまでいったの?」

「え?」

「妄想でどこまでしたの?」

「え?」


 ナナがむくれた表情を浮かべる。


「私は今すぐにでもミキさんの想像の私を超えたい所存です。だから聞いてるの、妄想でどこまでしたの?」

「なに、妄想のナナに嫉妬してるの?」

「当たり前です」

「当たり前かなあ……」


 苦笑を漏らすミキにナナが詰め寄る。


「答えてください」

「ち、ちかっ……えっと……キ、キス、とか」


 沈黙が流れたのも束の間、頬を上気させたナナが、おもむろにミキの両肩に手をかけた。


「で、では早速……ジュルリ」

「ちょっ、いきなりすぎっんむっ……」


 夢のような現実の感覚に、ミキは間もなく身を委ねた。

 

  (終)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ナナとミキ〜迂路百合妄想〜 やまめ亥留鹿 @s214qa29y

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ