Another View ~瑠香~

 ――――これはお前のために買うんだよ。


 主である波瑠はるの何気ない言葉が、瑠香るかの体をどうしようもなく熱くさせた。

 嬉しかった。

 胸の奥から熱はどんどんあふれてくる。

 これが心というものなんだろうか?

 初めての感覚に嬉しくなる。


「……うれしい?」


 自分はいま、喜んでいるのか?

 思い返せばそれも不思議だった。

 そういえば波瑠のもとにきてから、人間で言うところの感情が驚くほどはっきりと表に出てきている気がする。

 幼木ようぼくだった頃では決して感じることのなかったものだ。

 波瑠と一緒に過ごすようになってから二日目。

 自分の変化の速度に、瑠香自身、信じられない思いだった。


「……ご主人様は大丈夫でしょうか?」


 ふとスーパーの中に置いてきた波瑠のことが気になった。

 波瑠は料理なんてまったくできない。

 もしかしたら食材が見当たらなくて迷っているかもしれない。

 パンチェッタなんてきっと知らないんじゃないか?

 チーズだってパルミジャーノレッジャーノなんて普通の家庭ではまず見ない種類だし。


「まったく。ご主人様は本当に手間がかかりますね」


 穏やかに微笑みながら、ふたたびスーパーの中へ。

 そこで見たものは、知らない女と波瑠が楽しそうに喋っている光景だった。

 思わず瑠香は言葉を失ってしまう。

 浮かべていた微笑みも消え失せてしまった。


「……ごしゅじん、さま?」


 しかも波瑠は今まで見たことのないような表情をしていた。

 ただ話をしているだけなのに、頬を赤く染めて、しきりに目が泳いでいる。

 あんな表情は自分にも、そして喫茶店『クローブ』の店主である真咲まさきという女性相手にも見せていない。

 知らない表情だった。

 まるで意中の相手と話している時のように。


「……なにを考えていたのかしら、わたくしは」


 瑠香は自嘲した。

 波瑠は人間、自分はオリーブの妖精だ。

 自分が波瑠に対して何かを想うこと自体がそもそもおかしいのだ。


わたくしはご主人様に恩返しをするためにここにいるんです」


 自分の存在意義を再度確認する。


「ご主人様に恩を返せたら――――」


 自分はどうなるのだろう?

 満足してしまったらどうなるのだろう?

 消えてしまうのだろうか?

 そんなのは――――


「……それがわたくし運命さだめですから」


 そう自分に言い聞かせるも、無視できない思いが胸中に渦巻いている。

 あの日、まだ死にかけの幼木だったころに、波瑠が自分の死を看取るように涙を流してくれた時から、彼を見ると気持ちが高ぶってしまう。


「せめてわたくしがそばにいたことを忘れないように、ご主人様の心に残るように」


 瑠香は悲し気に笑って、もう一度スーパーの外に出たのだった。

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