第4話 オリーブの妖精特製 コーンスナック菓子を使ったペペロンチーノ
いざ実食。
ということで僕は部屋の中央に置いている四脚テーブルを前にして床に座り、
匂いはものすごく美味しそうだ。
香ばしいコーンの香りに、ニンニクのパンチ、そしてほのかに感じるオリーブの爽やかさが絶妙なハーモニーを描いている。
その食欲をさそう匂いを肺一杯に吸い込みながら、僕は両手を合わせて食事の挨拶をする。
「いただきます」
フォークなんてオシャレな物はない。
だからこの前スーパーで安売りしてた割り箸を使って、まぜそばを食べるような感覚でひと口目を放り込んだ。
「こ、これはっ――――」
ペペロンチーノって、こんなに味が濃厚だったっけ?
そう思ってしまうほど、深みのある味わいだった。
瑠香の話では塩の代用としてスナック菓子を使ったと言っていたけれど、むしろこの方が正解な気がする。
見た目こそスナック菓子の粉末がちょっと固まっていたりして悪いけれど、味に関してはお店で出されてもおかしくないレベルだ。
後を引く美味しさで、すぐにふた口目につながってしまう。
そんな僕を、四脚テーブルをはさんだ目の前で、ニコニコした顔で見つめてくる瑠香。
「おいしいですか?」
僕はうなずく。
悔しいけれどこれは今まで食べてきたペペロンチーノの中で一番美味しい。
「少しだけ、
僕はうなずいて皿を渡す。
瑠香はうっとりとした表情で僕が使っていた割り箸を手に取り、
「はぅ。ご主人様と間接キスっ」
そんなことを言い出して割り箸の先を舐めようとしてきた。
僕は慌てて割り箸だけ奪い取った。
「お前は手で食え!」
「ひどいですっ!
猛抗議してくる瑠香を無視する。
まったくこいつは本当に無防備というかなんというか。
僕じゃなかったらきっと今ごろ酷い目に遭ってるぞ?
たださすがに美少女に素手でパスタを食えというのは酷なので、新品の割り箸を渡してあげた。
瑠香がそれを渋々と受け取る。
パキッ、と子気味良い音を立てて箸を割ると、西洋系美少女の見た目に反して器用に割り箸を使い、麺を少量だけ挟んで口に運んだ。
桜色のくちびるが、ペペロンチーノのオイルソースに濡れて怪しく輝く。
その様子がみょうに
不純な気持ちを抱えそうになっている僕とは裏腹に、瑠香は真剣な表情でモグモグとパスタを
ゆっくりと味を確かめるように長いこと噛みしめたあとで、ようやくそれを飲み込んだ。
最後にティッシュで口をぬぐう上品さを見せてから、彼女はこうつぶやいた。
「ちょっとだけ塩気が足りないですね」
その表情は心底悔しそうだ。
「それに唐辛子の
「そんなに違うのか?」
「はい。ニンニクだってチューブを使うよりは、生を買ってきて刻んだ方が料理に合った使い方ができますし」
まるで長年修行してきたシェフが口にするような言葉だな、と思った。
僕の内心を察したのか、瑠香は補足するようにこう言ってくる。
「
オリーブの妖精だから、この世に存在しているオリーブのすべてとつながっている。
その話はどうやら誇張でもなんでもなく、本当のことのようだ。
こうして料理に対して真剣な彼女を見ていると、さっきまで無駄にハイテンションで僕を困らせていたことが嘘のように思えてしまう。
意外と自分に対して厳しいんだな。
このペペロンチーノをそんなに悪く言う必要はないと思うんだけど。
少なくとも今まで食べてきた中では一番美味しいと僕は思っている。
「ありがとう、瑠香」
だから僕は感謝の気持ちをこめて言った。
「僕はこんなに美味しいペペロンチーノを食べたのは初めてだよ。それで充分だろ?」
瑠香は戸惑っているような目を向けてきた。
そして気落ちしたようにうつむくのだ。
「申し訳ありません、ご主人様。気を遣っていただいて」
「気を遣ったわけじゃないよ。美味しいのは本当なんだ」
「ありがとうございます」
そう言って彼女はTシャツの裾に手をかけた。
少しグイッと裾をめくって真っ白なお腹を露出する。
「いや、あの、何で脱いでんの?」
「これから不出来な
「始まらないけどっ!?」
「この俺様の手をわずらわせやがって、グヘへへッ! と下品な笑みを浮かべて
「そんなことしないって!」
俺様口調なのもおかしいし、そもそも僕にそんな趣味はない!
僕は健全だ!
「でもご主人さまのベッドの下にある薄い本にはそのようなことが書かれて――――」「やめろおっ!?」
『メイド長で遊ぼう!』のセリフをのたまうんじゃない!
しかも瑠香の普段の口調が、そのメイド長にめちゃくちゃ似てるから余計に妄想が膨らむじゃないか!
「大丈夫ですご主人様。
償いとかいらない。
仮に償うにしても、もっと別な償い方をしてほしかった。
「さあご主人様? 準備はよろしいでしょうか?」
「よろしくねえよ、いいからちゃんと服を着ろっ!」
「ちなみに私はDカップです!」
「真顔で嘘をつくな!」
どう見てもAかAAしかないだろお前ッ!
半裸でせまってきた色ボケ妖精にツッコミを入れた後、脱げかけていたTシャツをしっかりと着せてやる。
「
「童貞関係ねえだろッ!」
いちいち気に障ることを言わないと気が済まないのか?
料理に対しての真剣な姿勢を見て、せっかく見直していたところだったのに。
僕はしみじみとため息をついたのだった。
その日の夕ご飯も、部屋にあるもので瑠香が作ってくれた。
それも僕が作るご飯の十倍くらい美味しかったんだけど、彼女的には満足のいくものではなかったみたいだ。
「ご主人様は明日、お時間ありますでしょうか?」
「明日か? 大学も休みだし、特に用事もないけど?」
「それでは
「フッ、しょうがないな。お菓子はひとつまでだぞ?」
「
怒られてしまった。
オリーブの妖精とかいう、存在がふざけているこいつに「ふざけるな」なんて言われるのだけは納得がいかない。
「
たしかにそうだ。
僕は今、食費に一か月三万円以上使っている。
飲み会が重なった月なんかは下手したら四万円超える。
それだけ出費がかさんでいる食費がグッ、と抑えられるなら願ったりかなったりだ。
しかもそこらのレストランよりも料理が美味しい。
「そのうえ胸が貧相だとはいえ瑠香は美少女だ。美少女の手づくりご飯を毎日食べられるなんて得しかないじゃないか!」
「嫌ですねえ、ご主人様ったら。心の声が漏れていらっしゃいますよ?」
「待つんだ瑠香。僕の右腕は着脱式じゃない。だからその手を放しぃいいいっ!? 痛い痛い痛い痛いっ!? 痛いよバカッ!?」
右腕をうしろにまわされて、もぎ取られそうになるくらいにねじられる。
ちょっと胸のことをいじるとこれだよ。
暴力反対!
「……美少女とも言ってくれたので、これくらいで許してあげます」
「いやめっちゃ筋が痛いんだけど?」
痛めてないほうの手で外れかけた肩をさすりながら文句を言う。
筋が伸びきっちゃってるよ。
プロ野球選手なら怪我で登録抹消されてるよ。
「とにかく、明日は
「ん? ああ構わないぞ。ただ朝イチでいいか?」
「開店凸ってやつですね! でも早すぎる時間だと食材がまだ並んでいなかったりするんじゃないですか?」
確かにその通りだ。
僕の部屋の近所にあるスーパーも、仕入れた商品が棚に並ぶのはだいたい昼前だ。
しかし僕には朝早くに出発しないといけない使命がある。
「午後はバイトが入ってるんだよ。だから朝のうちに行っておきたいんだ」
「ご主人様が、アルバイトを……?」
「なぜそこで意外そうな顔をする?」
僕がたずねると、瑠香は挙動不審な様子で言葉を少しどもらせる。
「い、いえっ、そのぅ……失礼ながらご主人様は童貞フツメンで取り柄もなく、人間関係に不自由しそうなので、まさかアルバイトをしているなんてと思いまして」
「失礼のかたまりしか言葉に込められてないんですけどっ!?」
しかも童貞もフツメンも取り柄がないこともアルバイトと全然関係ないじゃん。
ただの悪口じゃん。
「僕だって真面目に働いてるっつーの。そもそもこの部屋の家賃、僕のアルバイト代から出てるんだぞ?」
「苦労をされてるんですね」
「親がケチくさいだけなんだけどな」
「そういう言い方はよくないですよ。
「出来損ないじゃねえよ!? シバくぞおまえっ!」
こいつは僕に恩を返しに来たのかケンカを売りに来たのかどっちなんだ?
「ちなみになんのアルバイトをされているのですか?」
さっきまでの非礼の数々をまるでスッパリと忘れてしまったかのように話をガラッと変えてきやがった。
ぶり返して考えをただしてやるのも面倒なので、僕は渋々彼女の質問に答える。
「飲み屋のキッチンだよ」
「……太陽が滅んでしまったくらいの衝撃を受けました」
「ホントにシバくぞこの野郎?」
僕のことをなんだと思っているんだこいつは?
「だってご主人様の部屋のキッチンまわりや冷蔵庫の中からして、料理とは無縁そうなイメージだったものですから」
「あ~、そういうことか。たぶんお前は勘違いをしている」
「勘違い?」
「飲み屋のキッチンって言っても、フードを作る方じゃないんだ。僕が作るのはカクテルの方」
僕のアルバイト先の飲み屋は、フード担当とドリンク担当で分かれている。
そもそも店のキッチン自体がフード専用のキッチンと、ドリンク専用のカウンターキッチンで分かれているのだ。
僕はいつもカウンターキッチンで、お客さんからのカクテルのオーダーを待っている身だ。
「そうだったんですね。納得です!」
すごく晴れやかな笑顔を浮かべている瑠香がむしょうにムカつく。
そんなに僕が料理をしているところを想像できなかったのか。
いやまあ自業自得なんだけどさ。
「あれ? でも飲み屋だということは、お店のオープンは遅い時間ではないのですか?」
「十七時オープンだな」
「仕込みの時間があったとしても、三十分前出勤くらいですよね?」
「そうだな」
「朝イチで買い物に行く必要はないんじゃないですか?」
「君のように勘のいいガキは嫌いだよ」
そのネタは瑠香に伝わらなかった。
不思議そうな顔で首をひねっている。
あの超有名アニメを見ていないのかよ!
いやまあオリーブだから仕方ないのかもしれないけれど。
「とにかくスーパーに行くなら朝イチなんだよ。わかったか?」
「はい。わからないけれど、わかりました……?」
瑠香の疑問を踏みつぶすように、なかば強引に押し通したのだった。
その日の夜、とある問題が浮き彫りになった。
あたり前だけれど僕の部屋にはベッドがひとつしかない。
けれどこの部屋に住む住人はふたり。
「気を遣わないでください、ご主人様」
瑠香がベッドをゆずるような発言をする。
「さすがにそういうわけにもいかないだろ」
妖精とはいえ、見た目は女の子なんだ。
僕がベッドを使って、瑠香を床で寝させるなんてさすがに男としてひどすぎるだろう。
「大丈夫ですよご主人様。
「僕が構うわっ!」
ベッドをゆずったつもりではなかったみたいだ。
むしろ二人でベッドに入ることが一番ありえない選択肢だろう。
「いいからお前がベッド使えよ。僕は床でも大丈夫だから」
「では
「なんでだよっ!? ベッド空いてるじゃねえか!」
「ではお聞きしますが、主よりも良い寝具で寝る侍従がいると思いますか?」
「だったらお前が床で僕がベッドな」
「そんなっ!? 裸のまま布団も何もない床で寝ろと仰るんですかっ!?」
「なんで裸で寝ることが前提なんだよっ!?」
こんな調子で言い合いが続く。
会話はずっと平行線だ。
しょうがない。
無理やりはあまり好きじゃないんだけど、らちが明かない。
僕は少し突き飛ばすようにして瑠香をベッドに押し倒した。
「きゃあっ!? ご、ごしゅじんさまっ!?」
瑠香がわざとらしい悲鳴をあげる。
Tシャツがきわどくめくれて、真っ白なお腹があらわになる。
ブカブカのズボンもややずり下って、鼠径部が際どいくらいに見えていた。
アッシュブロンドの髪も乱れている。
瞳をうるませ、上目遣いで見つめてくる瑠香が、桜色のくちびるをふるわせた。
「は、初めてなので、やさしくシてくださいっ」
「瑠香っ――――」
あまりの色っぽさに欲望が爆発してしまいそうになる。
それを寸前のところで飲み込んで、僕は息をついた。
「なに言ってんだよ。僕は床で寝るからお前はそこで寝ろ。寝てる間にちょっかい出して来たら外に放りだすからな?」
「んもうっ! せっかくご主人様とイチャイチャできると思っていたのに。このムラムラはどうすれば?」
「知らねえよ。ひとりでどうにかしろよ」
「わかりました。それでは
「やっぱお前外で寝ろ。二度と僕の部屋の敷居をまたぐな!」
「嘘です嘘です! 冗談ですってばご主人様っ!」
ひと悶着どころかふた悶着以上あったけど、けっきょく僕が床で瑠香がベッドに寝ることになった。
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