第10話【モーウェル騎士の妄執】
姫という存在だけが、私を全肯定する。
ずっと心に穴が空いたような生活を送ってきた。
代々騎士の家柄にであるモーウェル家の次男として生まれ、早くから騎士としての生き方を身につけてきた。
由緒正しいモーウェル家の者として、王家に仕え守る盾として、恥じる事なく誠心誠意仕えてきたつもりだ。
自分の騎士としての振る舞いに、何も疚しい点はない。
お仕えしている王子達にも評判は上々、覚えもめでたい。
ただ、この国には姫が居ないのだ。
私が物心ついた時分には王女殿下がおられた。
故セレスタニア・ナ・ドルカトル・マナ王女だ。
王位継承権第二位のセレスタニア姫は、儚く美しく聡明な方だった。
ご病気がちだったので、王宮と療養地を行ったり来たりして暮らしていらしたが、行儀見習いとして父に付いて王宮に行ってお会い出来た時などには、菓子をくれたり、本を読んでくれたり、気さくに接していただいた。
思えばあれが初恋だったのかもしれない。
姫に憧れ、姫に仕えるリシル・アディアール騎士を羨ましく思っていたのは懐かしく眩しい思い出だ。
アディアール騎士は屈強で寡黙な騎士だった。
セレスタニア姫と並ぶと、姫の嫋やかさが際立ち、さながらお伽話の挿絵の様に完璧だった。
アディアール騎士は姫が嫁ぎ、亡くなるまで仕えた。
当時の私は、いずれ私もそのような騎士になるのだと当然のように思っていた。
しかし、姫は生まれなかった。
ドルカトル王国は小国である。
国費も潤沢でない中、側室を迎える費用にも限りがあるので、王妃以外に妻を持つ事は稀だ。
(もっとも、王が王妃以外に種をこぼすことはあるかもしれないが、この国でもっとも重要とされるのはドルカトルの姓であり、落胤はたいした問題にはならない)
新しく王が即位すると、ドルカトルの姓を持つ適齢の子供に順番に王位継承権を与える。
だから、私は生まれてくる姫を心待ちにしていた。
出来ることならセレスタニア様の御息女にお仕えしたかったが、セレスタニア様は御子を望めぬ体だと聞いていた。
それなのに急に隣国からの縁談が纏まり、輿入れが決まった。
側室の一人として大国へ、数人の供だけをつれての輿入れは、どう見ても望まぬ婚姻であったのだろう。
間も無く、慣れない土地で病で亡くなられたと聞いた時には、子どもながらに泣き暮れた。
姫の最期まで仕えたアディアール騎士の帰還を誇らしくも羨望の目で迎えた。
あれこそが騎士の生き方だと、私の人生の指針が決まったのはこの時であったかもしれない。
その後、先に生まれた元第三位のマッシュガルド・ナ・ドルカトル・ヘメ様と、その妻オルガ様の御子が次の代の第一位王位継承者となった。
マッシュガルド様は早くに結婚していたので、順当な流れであっただろう。
次こそは姫が誕生することを夢見ていたが、王の妃に王子が生まれ、第二位となった。
さらにマッシュガルド様に次男が生まれ、同じ年に第五位のローガン様に男子が生まれた。
男ばかり……男ばかりなのだ。
私が騎士見習いとして王子に付くと決められた時でさえ、王女無くして何が騎士だと虚しさに襲われたものだった。
私の姫に対する情熱は、その後も止まることが無かった。
騎士と姫に関する書物はなんでも読んだ。
自室の隠し扉に騎士と姫の絵画を掲げ、妄想の中での逢瀬を楽しんだ。
戯れに女性に会うときは、心の中で姫だと思い込みながら接したりもした。
成人して正式に騎士として仕えることとなっても、いつまでも姫の誕生を望んでいた。
若い王族の夫婦に励みになるようにと、精のつくものを差し入れしたりもした。
しかし、残酷にも第七位まで王子ばかりで埋め尽くされ、王位継承権の授与は終了した。
それからは仕事に没頭する他なかった。
王子ばかりがひしめく王宮に、姫の面影を探して彷徨ううちに、塑像から落ちかけた王子を救ったり、アディアール騎士のような大男を目指し鍛錬を積んだ事により若くして騎士団の長を務めるようになったり、私の地位はどんどん上がっていった。
しかし、私の心は姫のことばかりであった。
縁談もいくつも来たが、私が望むのは姫だけだった。
姫と共にあり、姫に仕え、姫の願いを叶え、姫と恋に落ち、姫を娶る。
政略結婚といえども姫以外を娶るなんて嫌だった。
私の姫はどこにおられるのか……。
ごく少数の私の嗜好を知る部下(仮に騎士その1、その2とする)はそんな私を花街に誘った。
部下が誂えたのは姫に扮した娘だった。
私は瞬く間にその遊びにどっぷりと溺れていった。
幾人もの娘達を姫と呼び、夢のような夜を過ごした。
ある夜、入れあげた娘に仕事を辞めて妾にならないかと持ちかけたところ、水揚げされたギルドの男が忘れられないと断られた。
そうだ、私に足りないのは誰とでも愛を育める女ではなく、姫だった。
冷や水を浴びた様に目が覚めた私は、それから一切の女遊びを辞めた。
私の理想とする騎士は姫を守り、姫のために命を捧げる騎士だ。
守るべき姫がいない。
姫になら全てを捧げるのに。
どんなに清く正しく騎士道を極めても、ひ弱な王子たちには忠誠を誓う気にはなれなかった。
姫さえいれば……。
姫さえいれば、私の人生は明るく晴れやかなものになるだろうに。
ある時にセレスタニア姫の乳母が城を去ることになった。
思い出話に花を咲かせていると、うっかりこぼすように打ち明けられた秘密に身震いした。
養生の為として城から離れていた王妹殿下が密かに女児を産み、覇権争いを避け、とある信頼できる者に託したと。
小さい頃から知り合いだった私に、思わず口を滑らせたのだろう。
墓場まで持って行くはずだった秘密をうっかり溢した事で、真っ青になった乳母は、私に他言しないように懇願し、それ以上は貝のように硬く口を閉ざし城下の屋敷に帰って行った。
私は歓喜に震えた。
私の姫がこの世のどこかに存在している。
その日から私の騎士人生は輝き始めた。
事態が動いたのはそれから数年たってからのことだった。
密かに姫を探しつづけていたが、未だに何も手ががりを得られずにいた。
城下で余生を過ごしていた乳母が、ギルドに何かを持ち込んだと、私費で雇っていた間者から報告がきたのだ。
しばらく病で調子を崩していたようだが、回復の見込みがないようで、今際の際の依頼なのではないかとの報告だった。
ついに! ついに!! 姫に繋がる手ががりを得た私は、溜まりに溜まっていた休暇をとった!
同じ隊の部下も酔狂にも私についてくるという。
勤勉に勤めてきた甲斐があり、あっさりと休暇を取ることができた。
ギルドを通じて姫に届けられるはずの指輪。
セレスタニア様の療養地があった集落へと続く街道で、ギルドの人員が通りかかるのを待つ。
その時の事は今でも鮮やかに思い返すことができる。
黒い艶やかな髪の娘がやけに妖艶な色素の薄い髪の男を伴ってやってくる。
私は娘の顔に、雷に撃たれたような衝撃を受けた。
色彩は違えど、忘れようもないセレスタニア様の面影。
ここに……こんな所にいたのか。
健やかに育ったのであろう程よく筋肉のついた均整のとれたしなやなかな体。
王妹殿下とは違った鋭い視線から覗く瞳は、何とも言えない美しい深い色をしている。
縋り付いて頬ずりしたい程の愛らしさ、美しさ。
その全てが疑いようもなく彼女が私の姫であると告げていた。
姫と巡り合い、やっと私は生きる意味を知ったのだ。
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