第9話 串は武器です
朝からモーウェル騎士は、ちゃんと騎士だ。
私の分も朝食を運んできて、私をエスコートして自然に隣に腰を下ろす。
一人で食べたい。
「おはようございます、ひ……タリム嬢」
「あー、おはようございます」
「色々ありましたが、今日の暮れまでには依頼人宅に着きそうです」
はー、やっとこの居心地の悪さから解放されるかと思うと、旅程を急ごうという気になってくる。
頑張って歩こう。早く着こう、そうしよう。
「そうですね、いよいよ今日ですね」
モーウェル騎士は何が嬉しいのか、目を細めてキラキラと星を飛ばす。
私はこの一団と縁が切れて嬉しいけど。
「昨日のような事がないように、今日は片時も離れずお守り致します」
「え?」
邪魔!!
「貴方のお傍におりますことを、お許しくださいませんか?」
真剣に真摯に語りかける口調には悪意は感じられない。
「はぁ、どうも」
この人、だんだん頭がおかしくなってきていないだろうか?
昼頃、休憩のために立ち寄った街は、秋祭りの最中で賑わっていた。
灯籠が飾られ、夜になったらさぞ美しかろうと思う。
屋台が立ち並び、いい匂いがする。
思わず串焼きを買って歩きながら食べる。ロイが串を握った手ごと引き寄せて肉を奪っていったのを恨めしく睨むと、代わりにどこかで買ってきた豆菓子を口に投げ入れられた。
すっかり豆に抵抗を示さなくなったロイにがっかりする。
モーウェル騎士は朝の宣言の通りに私に張り付いている。
「騎士様も食べますか?」
肉が食べたかったのだろうか、モーウェル騎士の熱い……いや暑苦しい視線に気が付いたので声をかけてみる。
「いや、お心だけいただいておきま……」
モーウェル騎士の言葉は、私の突き出した串によって最後まで続く事はなかった。
モーウェル騎士のすぐ後ろで呻き声があがる。
私の肉串はモーウェル騎士の左耳横を抜けて後ろの男の左目に突き刺さっていた。
隙を突くためで深くは刺さらなかったので、命に別状は無いはず。
あーあ、まだ、あと一口分肉ついてたのに……。
モーウェル騎士を押しやり、男が錯乱の為か迂闊に抜いたナイフを叩き落とし、逃げようとする男の足を剣で狙う。
ゴリっと骨とか筋とかを断つ手応えがあったので、もう逃げられない。
制圧して素早く縛り上げると、暗殺者は命乞いを始めた。
あれ、なんか昨日のとレベルが違うなぁ。
素人ではないが、質が下がった?
「資金が尽きました?
安い暗殺者の方ですか?
でも、暗殺者で安いってないですよね?」
この国ではリスクのあるものが高額になるのは当たり前で、リスクを犯さないためのギルドなのだ。
人を雇って暗殺なんて雇う方も雇われる方も失敗すれば双方大損、地位も名誉も命もなくしかねない。
こんな杜撰な襲撃、この国にあるはずがない。
国外かどこかの人なんだろうか。
「一回分の依頼しか受けてないんだ。
昨日失敗したから次がなくて。
やらなけりゃ満額貰えない」
なるほど。
「正直、昨日の人が来たら危なかったですけど」
この程度なら、暗殺など請け負わない方がいい。
「あいつは暫く動けやしない。
今のところ生きているのがやっとだ」
あの傷はきちんと手当てをすれば、死にそうな傷でないのは分かっている。
どうやら満足な手当てもなされない雇用形態のようだ。
「あなたはどうしますか?
ギルド預かりにすれば命は助かりますけど。
私怨でしたら私刑が許可されています」
暗殺者(安)は、しばらく逡巡したのち、うなだれる。
「ギルドに投降する。
どちらにしても失敗したら雇い主に殺される」
個人的な依頼だとすると、実際に雇い主に殺されるっていうのはレアケースなんだが、そういう風に脅されているのだろうということで、そっとしておく。
「わかりました。
えーと、目、どうしましょうか?
あんまり深く刺さらなかったし、上手くすれば視力残ると思うんですけど」
「くそっ、どうにでもしろ。
どちらにしても廃業だ。
ギルドの奴と離れるのを見計らっていたのに、姫さんがこんなに動けるなんてきいてねぇ」
「あのー、私もギルド組合員ですけど?
誰かと間違えていませんか?」
誰が私を狙う必要があったのかは知りたいと思ったが、どうやら人違いのようだ。
「いや、間違いねぇ。標的はおまえだ」
姫を狙ったとこの暗殺者(安)は言ったが、この依頼に姫なんて出てこない。
そもそも、この国に居るのは王子ばかりで、姫と呼ばれる者は存在しない。
「えー、なんでしょうかねぇ?
私のはずがないですけどねぇ。
じゃあ、どなたの依頼ですか?」
事情を聴こうとすると、向こうからロイと騎士が走ってくる。
「まて、タリム、聞くな」
「姫!」
外野が五月蝿い。
私を狙うような用事がある人に心当たりが無い。
仕事に関係があるのかそうじゃないのか、これをハッキリとさせたい。
「じゃあ、仮に標的が私だとして、誰が私なんかの命を欲したんですかね」
暗殺者は、少し逡巡して、吐き出すように首謀者を口にする。
「依頼したのは……お前の母の弟の妻だ」
何を言われたか、あまりよく分からない。
「えと、誰ですかそれ?
私、拾われっ子で母はいませんけど……
義母さんには兄弟いないし……」
「孤児であっても、産んだ親はいたはずだろう」
ああ、確かに。
そんな存在がいるのを意識したことがなかったから、思い至らなかったのだ。
「まぁ、知らない母の縁者なら何があってもおかしくないですが、さすがに荒唐無稽な話ですね」
足から流血が激しく貧血を起こし始めている様なので止血をしてやる。
死ぬなら喋ってからにして欲しい。
「せっかくお前の母親が死んで、王子が王位継承権にありついたのに、お前の存在がじゃまだったのだろうな」
「ん? 王位?」
王位っていったら王様がいるアレだよね?
私が無い知恵をしぼって、どうしたら私につながるのか首を傾けていると、やけに恭しい動作で私と串の刺さった人の間にモーウェル騎士が割って入る。
「恐れながら、あなたは我が国の王の従姉妹にあたる、セレスタニア・ナ・ドルカトル・マナ様の御息女。
我が国の王女殿下であらせられるのです。
我が姫」
モーウェル騎士がやけにいい声で耳打ちしてくる。
あ、なんか意味不明すぎて耳鳴りがする。
「はぁ? なにを……」
荒唐無稽ってどうやって書くんだっけ?
「タリム、耳を貸すな」
ロイの硬い声で状況を知る。
ロイさえこの珍劇を取合わなければ、頭のおかしいことを言う騎士だと受け流せたのに……。
「どうしてロイ・アデルアがそんな顔してるんですか?」
ロイのほうを怖々と見れば、いつになく真剣な顔のロイが剣に手をやっている。
これは、アレだ。
下手なことになれば、ロイはこの場に居る秘密を知る者の息の根を止める用意があるということだ。
暗殺者だけではない、騎士達も全てだ。
殺気は本物だ。
「本当なんですね?」
ロイさえ飄々としていてくれれば、笑い飛ばせたのに。
耳を貸すななんて、これは冗談では無いと言っているようなものだ。
「戯言だ」
観念してため息をつく。
「とりあえず、私は状況を把握します。
ロイ・アデルアは剣をしまって。
暗殺者の方は状況の説明を」
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