第8話 ギルド組合員はカンだけで生きている
「で、お前、今回の仕事の事、どの程度分かっているんだ?」
体温の高いロイが隣にいるだけで布団の中は温かい。
肌身離さず持ち歩いている配達の品を二人の間に置き、寝転んでロイの方に体を向けると脈絡もなく話が始まった。
今回の仕事、簡単な運搬業かと思っていたが、いつもの様な血生臭い仕事だったようだ。
今更だけど。
「把握していますよ。これ、どこぞのご落胤の指輪ですよね」
拳ほどの小さな箱に収められた何かを少しつついて揺らすと、カタカタ音がする。
ロイは珍しく一瞬本当に驚いたような顔をしたが、すぐさま眉を顰めて頭をぺしりと叩いてきた。
「全く違うだろ。依頼書読まなかったのか?」
違かっただろうか?
いつも依頼人の雰囲気を頼りに、引き受けた内容を理解しているから、書類を隅々まで読んだとは言い難いけれど。
「さる高貴な身分の主人の形見を、引退する乳母が、別の元使用人に届ける、だろ?
それに、勝手に荷物を断定するな。減俸モノだ」
「いや、わたしが言ったので正しいんですよ。
そうじゃないとおかしいです。
おおかた、その元使用人の子が高貴な身分のお方の落とし胤で、必要になったから呼び戻すとかそんな話でしょう」
こういうのには自信がある。
直感は当たる方だ。
今日の暗殺者は見逃したから偉そうに言えないけれど、荷物を依頼してきたのは身なりの良いご婦人だったし。
大きさとか重さとか箱の形からして指輪だし。
あんな乞うような目で託されては理由も知れる。
「お前、こういうのは鋭いのにな」
ロイは今日何度か目のため息をつく。
「どういうのは鈍いっていうんですか」
「仕事以外のほぼ全てだよ。自覚しろよ、仕事以外は廃人だぞ、お前」
考える必要の無いことはあまり考えたくない性分なので、反論の余地はない。
プライベートはなるべくぼんやりしていたい。
「でも、跡継ぎ問題に絡む事ですから、指輪を奪うならわかるんですが、わたしを狙うのは見当違いな気がします。
別口なのかな」
傭兵の襲撃は、明らかに跡継ぎ問題で不都合を抱える者の差し金だろう。
お金持ちのやりそうなことだ。
しかし今日のは種類が違うのではないだろうか。
荷物に関係ない襲撃なら別の私怨だ。
たまたまこの仕事と同時期に来ただけなのかも。
「今日の人、わたしを狙ったのは、やっぱり私怨ですかね。
何か恨まれるような事したかなぁ。
あ、ロイ・アデルアがわたしをタリムって肉親とか恋人みたいに呼ぶのが気に入らないお嬢様がいたのかも。
わたし、その件ではかなり絡まれてますからね」
いつ命の危険があってもおかしくない職業ではあるが、そんな私怨だったら嫌だ。
「だってお前、家名はねぇじゃねぇか」
「ありますよ。
義父さんのシアンていうのがあるじゃないですか。
タリム・シアン、いい響きじゃないですか?
無精せずにちゃんと呼んでくださいよ」
「あいつはお前の肉親じゃねぇだろが」
ロイは義父と折り合いが悪く、私の所有権を争っているような所がある。
猫の子でもあるまいし。
「育ててもらいましたから、名乗ってもいいじゃないですかね?」
「じゃあ、俺が拾ったんだからアデルアでもいいだろ。
タリム・アデルア、言いやすいだろ」
嫌ではないが、なんか釈然としない。
「殴られる回数が増えるか、妹だと思って踏み台にしてくる女の子が寄ってくるだけじゃないですか?
しかも、拾ったんじゃなくて産婆から受け取っただけですよね。
どんだけ昔の話を引きずってるんですか」
四つの子供が赤子の所有権を宣うのは異常だと思うけど。
「わたし、さすがにあなたを兄だと思った事はありませんよ」
私に肉親はいない。
義母は血の繋がりなんかなくても普通に私のお母さんだ。
義父は溢れるほどの愛を注いでくれたけれど、父と呼ばれるのを好まない。
そーたん、と呼べと強要してくるのでうっすらと軽蔑している。
義理の兄のことは兄だと思っている。
同い年だが兄は兄だ。
絶対的な絆を感じるし大好きだ。
血の繋がりなんてたいしたことはない。
一緒にいれば家族だし、父も母も兄からも疎外感を感じたことはない。
では、ロイは?
ロイに兄に感じるような親しさはないような気がする。
家族みたいなものかもしれないけれど、なんか違うしなぁ。
ロイ・アデルアは子どもの頃から一緒にいたかもしれないが、小さい頃なのであまり記憶が無い。
義父に挑んでは吊るされるのをよく見ていたが、遊んでもらったわけでもないし、一緒に乳を飲んで育った義理の兄ほどの距離もない。
その後はギルド預かりになったのでめったに合わなくなった。
友達っていうほど趣味が合うわけでもないしなぁ。
友達だったら多少遠慮したり気遣ったりすることもあるかもしれないが、一緒にいて特に遠慮することも邪魔に思うこともないので、ロイはロイってことで処理している。
「俺だってお前が妹だと思った事はねぇよ。ただの一度もなっ」
「じゃあ、他人らしく敬意を持って、長い名で呼べばいいじゃないですか」
「今更なぁ」
「そういう態度だから、わたしが往来で女の子に頰を張られたりするんですよ」
普段そんな話題にもならないので、つい日頃の愚痴が漏れてしまった。
「お前、まだそんな目に合ってたのか?」
流石に少し困ったような顔をする。
「言っときますが、一度じゃないですからね」
自称恋人だとか、別れた妻だか、なんとも素性の怪しい女達に呼び止められては難癖をつけられている。
「いや、そういう事があれば、その時に俺に言えよ」
「言ったからってどうにかできるんですか?
同じ敷地の寮に住んで、仕事の時は部屋も同じです。
場合によっては同衾もしますが、性的関係はありません。
でも人工呼吸くらいは普通にしますけど、嫉妬しないでくださいね! って誰が納得するんですか?
私に文句言うなら、派手に女性関係をひろげないでくださいよ」
「人聞きが悪ぃな。俺だって誰彼かまわず粉かけまわっているわけじゃねぇ。単に仕事だ」
「なら、いっそ誰かとちゃんと所帯を持つとか。
決まった女性とお付き合いするとか。
そうしたら私と組むことも無くなって万事解決ですよ」
「この仕事で所帯がもてるかよ。
お前の義父みたいにリタイアした後でもなければ無理だろ」
「別に義父はリタイアしてないですけど。
そういうのは個人の努力次第だと思います」
相変わらずロイは義父を亡き者にしたいようだ。
ロイはむくりと起き上がり偉そうに腕組みをする。
寒いから布団に寒気を入れないで欲しい。
「……それで、誰に殴らせたんだ?」
仕方がなく起き上がるが、うっかり口を滑らせた事が後ろめたくて目を合わせたくない。
ロイは「殴られた」ではなくて「殴らせた」と言った。
状況は把握してくれているのにさらに告げ口のようになってしまうのを少し恥じた。
「……最近のは娼館の新人とかですかね。
張り手くらいで気がすむなら黙って叩かれますよ。
わたしみたいな怪力がやり返したら怪我させちゃいますし」
しかたがなくモゴモゴと白状すると、ロイは髪を搔きあげ、思案するような顔をした。
「そういう問題じゃないだろうが。わかった。花街がらみの仕事はもう受けねぇから、許せ」
「ギルドの事情はわかってますよ、大した事じゃないです。ぜんぜん痛くなかったし」
あまり知られてはいないが、娼館の新人の水揚げはギルドの仕事の一つだ。
娼館の支配人と娼婦と客の間で拗れがちなやりとりに、ギルドを挟む事で娼館の風通しを良くして働く娼婦を守る。
そんな事で治安は守られる。
持ち回りで依頼が来るらしいが、既婚者や子持ち、恋人がいる場合は免除される。
当然ロイにも仕事が割り振られることがあった。
花街で働き始めるとはいえ、下手したらロイが初めての男だ。
ロイはたいそう見目麗しいらしいので、その子たちがロイに恋してもおかしくない。
恋い焦がれても一度きりしか関係を結べない男と、方や何の関係もないのにロイがベタベタと付きまとい(つきまとっているように見える)行動を共にする私。
殴りたいと思うのも仕方ない。
「こっちだって仕事で一緒に行動するのはもう仕方のない事なんですから、あの子達の所に頻繁に通ってみるとか、もう少し気を使ってあげればいいだけじゃないですか」
「お前なぁ……」
「ロイはあの子達に当たりがきつすぎません?」
特につれなくする必要もないだろうに。
「お前は何にも分かってねぇ」
ロイがふて腐れたように言う。
「まぁ、俺がらみの線は薄いな。
暗殺者を雇うほど金が腐ってる知り合いはいねぇし。
そういう事情の奴はかっとなったら直接刃物を持ち出してくるだろ」
それもそうだ。
暗殺者を雇うのは高いのだ。
しかもギルドの関係者を狙うなんて、どんな切羽詰まった状態だ?
ギルドに向けられた刃はそう簡単に許されない。
相当な報復を覚悟しなければならない。
「この襲撃が今の仕事関係の話だったら、襲う相手は指輪の受取手でしょうにねぇ。わたし、なんか関係あるのかなぁ」
荷物の中身を知ったから、とか?
まだ開けてないし実際何が入ってるのか知らないから関係ないかなぁ。
やっぱり弱いギルド関係者から先に消して仕事を楽にしていくつもりだったとか?
「もう寝ろ」
普段使わない頭を使おうと努力していると、布団ごと寝台に押し戻される。
少し頭を撫でられるのが飼い猫になったようで気持ちがいい。
「荷物、わたしの実家の隣の家に住んでいる人宛なんですけど、そういえばうちの隣空き家だったんですよね。
わたしが王都に来てから誰か住みはじめたんですかねぇ。ソアラを狙った逆恨みかなぁ、でもソアラは……」
話し続けていると、指で瞼を閉じられる。
「お喋りはおわりだ。お前のせいで俺はもう眠いんだよ」
そうだった、多少体を動かした後だったことを思い出して、急に眠気がやってきた。
だめだ、起きていられない。
ロイが何か次の句を告げる前に私は溺れるように眠りに落ちていった。
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