第7話 ギルド職員は豆に辟易した
今夜は月の光があるから、剣を振るのに支障はない。
私がロイに匹敵するくらいに強ければ怪我くらいするかもしれないが、生憎、手加減されるくらいの実力差はある。
私はまだまだ弱い。
がむしゃらに剣を叩きつける。
重く切り結んだ刃を弾き飛ばされて、それでもどうにか喰らい付く。
私の体重ではロイの重い斬撃を捌ききれない。
最近は負け続け過ぎて、剣で敵わないのならば、剣を放り出して平伏するくらいの弱点は無いものだろうかと探し始める始末だ。
一時期、ロイが豆料理が苦手だと聞いてから、事あるごとに料理に豆を盛った。
はじめの頃こそ嫌そうな顔をしていたが、いつの間にか豆料理を厭わなくなってしまった。
悔しい。
ロイに関しては何もかも手が届かない。
頭を抑えられた子供が、短い手足をばたつかせているみたいだ。
私はもうずっと前から義父とロイのやり取りに嫉妬し続けている。
私がもっと強ければ、ロイは必死になって私を引き摺り下ろす手管を繰り出すだろうに。
寝首を掻いてやる、とギラギラとした目で義父の寝台に仕掛けた、熊くらい仕留めそうな罠がバレて、逆に吊るし上げられたロイを思い出す。
ロイはあんな殺気を私にはぶつけない。
私に対しては、いつも冷静に手を引く保護者のようなロイ。
私はそれがたまらなく不満なのだ。
私の剣は柔軟さ重視だ。
高く飛び上がり、月を背にして斬りつける。
剣で薙ぎ払う他無い高さだ。
私を傷付ける気のないロイは躊躇するはずだ。
すると、ロイは振りかぶった剣を放り投げると素手で私の手首を纏め上げ、地面に背中から叩きつけた。
受け身を取ったが、痛い。
気力でバネの様に体を起こすが、その前に頭突きで地面に逆戻りだ。
今度は後頭部を打った、痛い。
「剣を捨てるなんて、ずるっ! ずるいです! わたし、まだまげでばぜん」
涙が出てくる。
後半は鼻まで垂れて鼻声だった。
バタバタと足を動かして、どうにか組み敷かれた体を逃がそうとするが、ロイは更に体重をかけて私を地面に縫い止める。
離すものかときつく柄を握りしめた指を一本ずつ引き剥がされ、剣が地面に落ちる。
石にでも当たったのかガコンという金属音が響く。
「ここまでだな」
力を抜いたのを確認したのか、少し温度の上がったため息が頸にかかる。
「ロイに、勝ちたいんです」
泣き落としで勝てるなら作戦に入れよう。
泣いても勝たせてくれた事は無いけれど。
「こんな時ばっかりロイかよ、お前は悪魔か」
うっかり、子どもの頃のように呼んでしまったのを咎められる。
家族かそれ以外か判らないほど幼い時からそう呼んでいたのだ。
長い名で呼ぶべき関係だと分かってからは、ちゃんと弁えていたのだから、そのくらい大目に見てほしい。
だいたい、ロイは私が年頃になっても、頑なにタリムって呼ぶくせに。
子ども扱いして。
「勝って、独立します。宿舎を出ます」
ロイに認められるのが叶わなくとも、せめて義父との約束くらい果たしたい。
一人暮らしたければ、ロイに勝つ。
まだそんな事も叶えていない。
ロイの管理する宿舎を出て、郊外に家を買うのだ。
夢の一人暮らし!
宿舎はペット禁止だから、猫を飼いたい。
「お前、まだ諦めてなかったのか」
そうだ、猫が飼いたい!
身体を入れ替えて、ロイを組み敷く。
その勢いで何処かにぶつけて鼻が痛い。
ダメ元で仕込んであった細い剃刀をロイの喉元に当ててみる。
こんな脆弱な刃ではお互い大怪我をしたあげく、命を奪る前にこちらが絶命させられるだろう。
勝った事にはならないのは百も承知だ。
「負けてくださいよ」
一応頼んでみる。
鼻血が出ていたようで、ロイの顔に垂れて嫌な顔をされた。
「お前には、ある意味お手上げだ」
泣くまで鼻を摘まれて、ようやく剃刀を仕舞って諦めた。
情けなくも荷物のように小脇に抱えられ、宿屋の風呂場に押し込められた。
着替えまで用意され、情けなくてまた泣きながら着替えた。
「まだ泣いてるのかよ」
部屋に帰るとロイはいつものように剣の手入れをしている。
「悪いですか」
預かってもらっていた小包をロイから受け取る。
今度は私が持つ番だ。
「刺客の件ならもういい。あれはお前が気がつける奴じゃなかった。もう寝ろ」
ロイは弱い者には目もくれない。
「ロイ・アデルアは気がついたじゃないですか」
「この仕事が暇すぎて、たまたまお前を警護する遊びをしていたんだよ」
「何ですかそれ?」
「お前は学校で暇な時にノートの端に落書きとかしなかったのか?」
口の端を引き上げて笑う。
「馬車に乗っていてやる事がない時に、今襲われたらどう動くか動線を描いたりは?」
「それで、私が弱い警護対象者だったらと想定して、気を張り巡らせていた……と?」
ひどい。
「突き詰めると、お前が弱いのが悪いんだがな」
そうだ。その通りだ。
弱い私の寝台に、大掛かりな罠が仕掛けられる事はない。
自分で仕掛けたくせに腹が立った。
「……もう、ロイ・アデルアとは寝ません」
「誤解されそうな言い方で拗ねるなよ」
気にも止めた様子も無く、黙々と手入れ道具を片付けたロイは、寝台から一枚掛け布団をとると硬いソファに寝そべった。
これでは本当に駄々を捏ねる子どもだ。
「あー、嘘です。寒いから、やっぱり一緒に寝ます」
ネズミ捕りの様に起き上がると私を睨みつけ、頭をガシガシと掻き毟る。
「あー、あー、あー。お前はガキか? ガキだな。クソガキ」
ロイは私のわがままに、ひどく迷惑そうな悲鳴をあげて寝台に戻ってきた。
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