第11話【アディアール騎士の苦悩】
ドルカトル王国は小国である。
四方を山で囲まれていることで辛うじて独立を保ってきた。
側室を置くことのないこの国では、王家の血を繋ぐために正統な血族の中であれば傍系でも男女の別もなく、生まれ順で王位継承権が与えられた。
セレスタニアはドルカトル姓を持ち、二番目に生まれた「姫」であった。
やや淡い栗色の柔らかな髪と、深い青色の儚げな王女は聡明で、別の継承権保持者からも慕われていた。
セレスタニアは生まれつき病弱で、外交の駒としての役割が果たせないであろうとされていた。
しかし、継承権は第一位のエイドリアン・メ・ドルカトル・クーンに次ぐ第二位。
その存在を邪魔に思うものが多くいたことは事実である。
継承権は姓が変わることによって返上される。
結婚するか、養子に出るか、新しく家を起こすかのいずれかで継承権を失う。
それとなく、何度も王位継承権を放棄するように警告しているにも関わらず、王宮にいつづけるセレスタニアを、早くに結婚したマッシュガルド・ナ・ドルカトル・ヘメの妻、オルガは疎ましく思っていた。
オルガは計算高い。
夫が継承権第三位であることに不満があった。
エイドリアン王子に万が一何かあったら、セレスタニアに王位を奪われる。
そう思うと腑が煮えくりかえるようなひどい気分になった。
セレスタニアは特に権力に固執しているわけでもなかったが、一向に継承権を手放す様子が見られない。
オルガは謀略を巡らせた。
継承権を持つ子供達は国の王子、王女として集められ王宮で育つ。
その間に結婚し子を持つ者もいる。
オルガは今代の王の妃にはなれなかったが、次の代の皇太子を産むことに躍起になっていた。
しかし、疎ましいのはセレスタニアだ。
体が弱くとも一人くらい産めてしまうかもしれない、そう思うと、オルガはセレスタニアが憎くて仕方なくなった。
ドルカトルの名を持っているうちにそんな事になったら、次の国母の地位も危うくなる。
狡猾なオルガは、セレスタニアを早々に嫁がせることを画策した。
怪しげな外交パーティを嗜むオルガは、美しく儚いだけの飾りとなる娘が欲しいという奇特な隣国の王子と運良く知り合うことができた。
名指しでセレスタニアを側室にと求める大国の王子に、エイドリアン王子をはじめ継承権を持つ者達は不快感を示した。
しかし、貰い手もないと思われていたセレスタニアが、請われて他国に嫁に出せるとなれば、国にとって利が勝ちすぎる。
セレスタニアは泣く泣く輿入れを受け入れざるを得なかった。
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子が産めるとしても多産は望めない、一人産むのがやっとであろうと医師から言われていた姫が密かにとんでもないことを画策していたのをアディアール騎士は知っていた。
生きた証として愛する人との子を成そうと、当たり前のことを当たり前にできない
姫が望んだたった一つの事。
そしてそれは実行された。
幼い頃から仕えてきた姫の願いを叶えると誓った日、騎士は全てを投げ打つ覚悟を決めた。
騎士もまた意に染まぬ婚姻を結び、子を成した貴族の一人であった。
身分違いの格下のアディアール家に嫁いできた妻は、アディアール騎士の家族になるつもりはさらさら無かった。
騎士の妻は息子を産んでから、より一層、実家に戻りたがり、用がない限り本宅に戻らなくなった。
幼い息子は母にも愛されず、自分というものを生きていなかった。
この子も成長すれば自分のように騎士となり、姫に仕え、また望まぬ婚姻を結び、姫の不幸な輿入れを見届けなくてはならないのだろうか。
義務が重くのしかかる騎士には、姫の英断は一筋の暁光のようにも見えた。
セレスタニアは、とある村の清潔だが簡素な診療所で娘を出産した。
命がけの出産で、産み落としたと同時に意識を手放し、しばらくは生死の境を彷徨った。
騎士の連れていた年端も行かぬ息子が、震えながら産婆から赤子を受け取り、大事そうに抱え込む。
「この子らは今よりギルドの物だ」
騎士が厳かに告げる。
それを見届けた大男は、赤子を抱く子供からヒョイと赤子を取り上げて、朝日に掲げて笑いかける。
「さて、こいつには姫っぽくない名前をつけよう」
セレスタニアはその後、必死で出産したことを隠した。
乳母が不憫に思い用意した、娘に送るための指輪も一度たりも開けなかった。
産後の肥立ちが悪いことを気付かせぬよう気丈に振る舞い、他国への輿入れまでをやってのけた。
オルガが画策した事だとは薄々わかっていたが、セレスタニアの胸中には生まれてきてするべき事はやり終えたという充足感しか無かった。
王家とは関わり合わないところで、私の愛の結晶は生き続ける……そう思うと笑みすら溢れるのであった。
命を全て使い果たしたように、セレスタニアは初夜を迎える前に儚くなった。
騎士は微笑むように息を引き取ったセレスタニアを心に刻み、彼女の娘に万が一再び出会う事があれば、母がどれほど望んでその命をこの世に送り出したのかを伝えたいと思った。
そしてギルドに残してきた息子の、運命と出会ってしまったような顔を思い出し、生まれて初めて楽観的な気持ちになった。
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