第七話 露天


 露天風呂は流石というか、控えめに言ってかなり広かった。


 源泉かけ流しというのだろうか、岩からお湯が止めどなく流れていて、気温は寒くないのに湯気が立ち込めていた。


 空はすっかり暗くなっていて、満天の星空の下で広い風呂に浸かれるのは最高だった。


 多摩雄さんなんて、オレより身体がでかいんだ。足を伸ばして入れる風呂は、きっと関東でも少数なのだろう。


 お湯に全身をつけて、思い切り手足を伸ばす。空を仰いで、星座を探してみる。どれがどれか全く分からなかった。


 こういう時、みのりが居てくれれば解説してくれるのだろうが、風呂に呼ぶなんて出来る訳が無い。後で解説をお願いしてみようか。


 何なら、タマちゃんと三人で外に出て、星空の勉強会なんていいかもしれない。夕食を済ませたら、売店で団子とお茶を買って、春のお月見。


 そこまで考えて、オレはあることに気づいた。


 今までのオレなら、こういう空を見ると先輩と見たいと思っていた。しかし今はどうだろう、義妹と従妹を真っ先に考えてしまった。


 もしかして、オレの中での優先順位が雨梨先輩より、みのりとタマちゃんの方が高くなっているのだろうか。


 というよりも、ここ最近。全くと言って良いくらい、自分の中に雨梨先輩が居なくなっているのに気が付いた。妹二人にかまけて、先輩をないがしろにするのはどうなのだろう。


「ミナユキ。お前は好きな人とか居ないのか?」


 すごいタイミングで親父が話を振ってきたので、オレは少しビクッとしてしまった。心の中が読まれてしまったのか、と思ってしまうくらいだった。


「みのりって言ったら、追い出す」と親父が笑顔で言った。


「タマキって言ったら、祝福する」と多摩雄さんが笑顔で言った。というか、貴方こういう話は苦手じゃありませんでしたっけ。


「って、祝福。ええ……、何でですか」


 それじゃまるで、多摩雄さん的にはオレとタマちゃんがくっ付いて欲しいみたいじゃないか。


「下手な軟弱な男に取られるくらいなら、お前の方がいい」


 確かに法的にはイトコ同士は結婚が出来る。とはいえ、従妹で後輩で義妹の友達だ。どう考えても無茶な話だった。


「勘弁してください」とオレは苦笑いをする。


「じゃあ好きなタイプは?」と親父は、なおも食い下がる。何故、親子でこんな修学旅行みたいな話をしなきゃならない。


「前に家によく連れてきた子みたいなのか?」


「その話はやめろ」とオレは頭を抱えそうになった。オレに元カノが居ることは黒歴史だし、お互い忘れたい事実なのだ。


 それでも親父がしつこく聞いてくるので、オレは適当にありふれた回答を用意した。


「亡くなったかーさんみたいな人がいい」


 男が女性の好みを聞かれて、一番典型的でありふれた答えだ。すると何が意外だったのだろうか、親父と多摩雄さんは二人して目を丸くした。


「……そうか、タマキか」と多摩雄さんが鼻を鳴らした。待ってください、オレはタマちゃんなんて一言も発してませんけど。


「ユキにも似てきたよな、タマちゃん」と親父が言った。


「いや待て待て、タマちゃんはマキさんの子だろ。何故にかーさんの名前が出てくる」


 もしかして実はタマちゃんは、かーさんと多摩雄さんの子だったとかか。そんなことはあって欲しくないし、仮にそうだとしても知りたくもない。オレがそう言うと、親父と多摩雄さんは揃って笑った。


「ユキとマキさんは双子だったんだ」と親父が言う。


「見た目はほぼ同じだが、性格は真逆だった。活発なマキと、大人しいユキさん」


 タマちゃんは見てくれはマキさんに似ているが、中身がどちらかと言えば多摩雄さん似なので、かーさんみたいな感じらしかった。変な事実が無くて良かったと、オレはホッと胸を撫でおろした。


「これで安心して、タマちゃんと仲良くなれるな」


 親父がやらしい顔で言った。勘弁してくれ、とオレはため息をついた。


 ただでさえ、今は先輩の存在があの二人に塗りつぶされそうなのに。ここで余計な感情まで持ち出されてしまったら、オレは天文部でどうあの二人に接すればいいのだ。


 そこまで考えて、天文部の中でも、あの二人のことを思ってしまっているのに気づいた。


 オレが好きなのは、雨梨先輩だ。あの二人よりも付き合いが長くて、お互いのことをある程度は理解している筈だ。


 だけど、ふと何かの拍子に顔が浮かぶのは、みのりとタマちゃんであるのも否定出来なかった。


 学校に行きたいな、とオレは思った。


 クラスではゲイザーとジャッカスと馬鹿みたいな話をして、部活では先輩とみのりとタマちゃんと星の話をしたい。


 雨梨先輩、ゲイザー、ジャッカス、みのりとタマちゃん。オレはこの星空を、みんなで見たいと考えて気づいた。ジャッカスだけは天文部じゃなかったわ。


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