第六話 風呂


 三人が手を繋いで戻ってきたのを見て、大人たち三人はホッとしたような表情になった。


 心配させて申し訳ないと告げると、大人たちは口を揃えて言った。家族だから、当たり前だ。


 もう観光をする時間ではない。既に部屋に荷物は運んであったので、先に温泉を楽しむこととなった。


 脱衣所で男三人が裸になったところで、改めて自分の体躯と多摩雄さんの肉体を見比べてみる。


 オレの割れただけの腹筋とは違い、多摩雄さんのは浮き出ている。アバラが見える我が肉体は、なんて貧弱なんだろうか。これじゃ多摩雄さんみたく、タマちゃんを守るに値しない。


 極めつけは首筋というのだろうか、肩と首の境目にある筋肉が非常に太い。というか、筋肉で首が埋まってしまっているようだった。


 隣に居る貧弱親父と同い年齢とは思えない程、凄い肉体だ。仮にオレがプロレスラーだとして、対戦相手で多摩雄さんが入場したら間違いなく死を覚悟する。


 オレの叔母であり、多摩雄さんの元嫁であるマキさんの話はジャッカスから聞いている。親父と、ジャッカス父と、多摩雄さんの三人から、高校時代にアタックを受けていたらしい。


 ジャッカスの父親は知らんが、この親父と多摩雄さんなら、間違いなく筋肉のある方が選ばれて当然だと思った。


 ちなみに振られた親父の隙をついて、アプローチをしたのがオレの産みの母親だという。どんな人かは知らないが、意外としたたかな女性だったのかもしれない。


「そうなると、オレがミナマキだった可能性もあるのか」


 多摩雄さんと比べると貧弱な身体を洗いながら、オレはつい呟いてしまった。


「どういう事だ?」と聞いてきたのは親父だった。


「あ、ええっと、ジャッカス……じゃなかった。遥平から聞いたんだけど」


 親父は遥平って誰だ、と言った。光平の息子だと多摩雄さんが言った。ジャッカスの父は光平という名前だったのか。


 オレの親父がミナヒトで、オレがミナユキ。多摩雄さんの娘がタマキ。ジャッカスこと遥平の親父は光平。みのりと詩織さんもそうだ。親という生き物は、自分に近い名前を我が子につけるのが好きなようだ。


「高校ん時、親父たちがマキさんを巡って、争ってたって」


「……本当、光平の奴はお喋りだよな」と親父は呆れた顔をする。


「遥平の奴も、それをミナユキに言う辺り、光平と似たんだろ」と多摩雄さんがガハハと笑った。


「そんで、もし万が一。……いや、億が一。兆、いや……無量大数に一の確率で、マキさんが親父を選んだとして」とオレが言った。


「お前は本当に失礼な奴だな」


 親父が呆れた顔をこっちに向けた。無量大数とは、日本における最大単位。十を六十八乗した値である。多摩雄さんを差し置いて、親父が選ばれる可能性はそれ程低いに違いない。


「ミナヒトとユキだから、ミナユキだろう。じゃあ、オレの母親がマキさんだったら、ミナマキになってたのか」


「名前として不自然すぎないか」と親父が言った。それじゃ、ミナユキはどうなんだよ。


「逆に考えてみろ。もし俺がユキさんと結婚して、お前が生まれたらタマユキだ。タマユキは無いだろ」


 確かにタマユキは無えわ。マジで酷い名前だと思った。


 だけど、それでも多摩雄さんの息子になれるのなら、少し思い直してしまうかもしれない。身体についた泡を洗い流して、一同は露天に向かった。


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