第五話 出来た妹たち


 振り返ることを止めようとしても、頭が言う事を聞かなかった。心は一方的に自分を責め立て続けた。


 後悔、反省、限りない嘆き。鳴りやんでくれと叫んでしまいたかった。


 タオルで覆って、見えない視界。車内はえらく静かで。皆がオレに気を遣っているのが、見えないのに見て取れるようだった。


 あれから何時間経過したのか分からないが、何度か停車している様子だったので、高速道路からは降りたようだった。背中から寝息が聞こえたので、多摩雄さんは再び休んでいるようだった。


 しばらくして、車はどこかに止まったようだった。ギアを動かす音と、パーキングブレーキが引かれた音。完全に駐車ということは、目的地に着いた様子だった。


「ミナユキ、着いたぞ。気分はどうだ?」


 親父の一言にオレはタオルから顔を離して、目を開ける。何時間も目を瞑っていたので、開いた視界はぼやけていた。


 目を擦って、左席のみのりの様子を見る。背もたれに全身を預けるように、静かに寝息を立てていた。


「だ、大丈夫ですか?」


 不意の声に右を向くと、タマちゃんが心配そうな顔をしていた。


「……ごめん」と小さく呟いてみるが、何に対してのゴメンなのかオレはもう分からなかった。


「ミナユキ」


 背中の声に振り向くと、目を覚ました多摩雄さんが外を指さした。


「ちょっと散歩でもしてきたらどうだ?」


 窓の外を見ると、大自然に囲まれていた。目の前には決して新しくはないが小綺麗な旅館、それに並ぶように夕暮れに照らされた新緑が輝いているようだった。


 今のオレには吐きそうなくらい澄んだ風景だったけど、頭を冷やすには持ってこいかもしれない。


「お前らの荷物は運んでおいてやるから、タマキ、みのりちゃんも一緒に……な」


「は、はい」とタマちゃんが返事をした。


「分かりました」という声はみのりだった。いつの間に起きていたのか、オレは少し驚いた。


 車を降りたオレは、多摩雄さんに水を貰い、口の中をゆすいだ。タオルも少し濡らして顔を拭うと、気分がちょっとだけ変わったような気がした。


 駐車場から少し離れたところで、独りにして欲しいと二人に告げた。みのりとタマちゃんの返事はノーだった。


 今の状態で一人になんて出来ないと、強い口調でハッキリ言われた。後で多摩雄さんにバレて叱られるのも恐いので、オレは二人と歩くことにした。


 旅館の裏手には川が流れているようだった。大人しい流れで、のどかな小さな川だった。


 木で出来た階段を降りると、砂利の川岸に立つことが出来る。夕暮れ、せせらぎ、風の音が木々を揺らす。


 オレは目を閉じて、大きく深呼吸する。綺麗な空気に頭を空っぽにしたかったが、オレの理性がそれを拒んだ。


「……悪かったな」


 背中越しに声をかけると、みのりがオレの隣に並んだ。


「気にしないで、家族でしょ」と、言う声が優しかった。


「それに車酔いなんて、誰にもあることだし」 


 どうやら、どういう事にしておいてくれるようだった。オレは振り向くようにタマちゃんの方を見た。オレンジに染まった従妹の笑顔は、いつも以上に柔らかく感じた。


 こほんという咳払いが聞こえたので、みのりの方に顔を向けた。何故か彼女は右手をオレに差し伸べていた。


 よく分からなかったので、オレはポケットから財布を取り出した。義妹の表情が怪訝になる。


「なにしてるんですか?」


「……いや、いくら欲しいのかなって」


「違います!」


 そう言ってみのりは、財布を持っていない方の手を強引にブン取った。訳も分からずボケッとしていると、財布をしまうよう、義妹に促される。


「タマキも」


 開いたオレの右手をみのりは指さした。意図が伝わったのか。タマちゃんは晴れた顔になり、オレの右手を握ってきた。左手に義妹、右手に従妹。仲良し兄妹の完成である。


「折角、来たんですから、楽しい旅行にしましょう」と、みのりはオレの左手をぎゅっと握った。


「わたしも楽しくしたいです」と、タマちゃんも右手をぎゅっと握った。


 本当に出来た子たちだ。心からそう思わずにはいられなかった。今までもオレは二人に迷惑をかけ続けた。おまけにあれだけの醜態を晒したにも関わらず、それでも一緒に居たいと思ってくれているんだ。


 そうだ。オレはかーさんの前で、二人を守っていくと誓ったんだ。兄として全力で二人を幸せにしたい、と心から思っている。だったら、いつまでも凹んでいる場合ではない。


 全力でこの旅行を楽しい思い出にしてみせる。オレは強く心で誓った。


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