第八話 部屋にて
「おかしいな。おかしいなぁ、この部屋割り」
夕食後。案内された部屋に入ったオレは、妙な状況に頭を抱えざるを得なかった。
「どうした、ミナユキ」
展望デッキというのだろうか、多摩雄さんは窓のテラスの席に浴衣姿で腰かける。素手でビール瓶の王冠を剥がして、黄金色の液体をグラスに注いだ。
普通の人から見れば、とんでもない技だ。だが、オレにとっては見慣れた光景だし、今は別のことで頭が一杯だった。
「おかしいですよ、多摩雄さん。この部屋割りおかしいですよ」
「お前は俺を指名したんだ。何もおかしい事はないだろ」
そういう意味では、全くその通りだった。
夕食時のことである。部屋割りについて親父から、二つの選択肢を与えられる。
一つは稲瀬親子と同じ部屋か、もう一つは多摩雄さんと同じ部屋で寝るか。勿論、オレが選んだのは後者だった。
ありえない話だが、ここでオレが稲瀬親子との同室を希望した場合。タマちゃんが親父たちと寝る羽目になる。
普通に考えて、女子は女性だけの部屋にするべきだ。家族だろうと、親子だろうと、それはそれ。
しかし、いざ蓋を開けてみれば、其の実は違った。
多摩雄さんと従妹。稲瀬親子が同室というのが前提だった。理由は単純。タマちゃんが多摩雄さんとの部屋を希望し、みのりが詩織さんとを希望しただけの話だった。
稲瀬親子とは事実上は家族で、タマちゃん親子とは血縁上の家族。オレも親父もどちらと一緒に部屋になっても、論理的にも常識的にも何も問題はない。
問題があるとすれば、オレがそれを全く想定してなかった事だけ。実質、みのりかタマちゃんという選択肢に気づかなかったのだ。
「本当はミナヒトの奴。子供三人を一部屋にしようかって言ってきたんだが、流石に俺が詩織さんと同じ部屋になるのはマズイだろう」
これでもマシになった方だったのか。
みのりと同じ部屋で寝たことも無いのに、タマちゃんまで入ったら、オレは間違いなく外で寝ていた。
逆に考えるんだミナユキ。親父と多摩雄さんを二人にすると、この部屋は間違いなく酒盛り会場と化す。そこにタマちゃんを寝かすくらいなら、今の方が全然いいのかもしれない。
「ミナユキもこっち来たらどうだ」
多摩雄さんに促されるまま、窓際の椅子にオレは腰かける。満天の星空、静かな森、川のせせらぎ。本当はオーシャンビューだったら言う事ないのだが、これはこれで風情があるように思えてくる。
いいだろう。と言わんばかりに、多摩雄さんが含み笑いをする。オレも釣られて似たような顔をした。
ガチャリという音がしたので、ドアの方を向くと。可愛い浴衣姿のタマちゃんが、戻ってきたようだった。お邪魔します、と凛々しい浴衣姿のみのりも一緒に入ってきた。
「ミナユキさんはレモネードで良かったんですか?」
売店の袋からペットボトルを取り出して、タマちゃんは笑顔でオレに差し向ける。どうやらタマちゃんは、旅行用の歯ブラシを買い忘れてしまったらしい。
売店に行くので、ついでに買い物は無いか聞かれた。オレは出来た従妹にジュースをお願いして、先に部屋に戻ったのであった。
「ありがとう。パシらせちゃったみたいで、ごめんね」
「いえ、みのりちゃんとお土産見てました」
親父と詩織さんはどうしているか。みのりに問うと、夜の散歩に出かけているという。義妹は基本的に親父も好きなので、夫婦水入らずに水を差すような真似はしない。
オレらも春のお月見をしようとか考えていたのを思い出したが、折角の旅行で多摩雄さんを一人にするのも楽しくない。どの道、星座の勉強会になるのがオチだ。
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