第四話 トラブル
眩暈がした。頭の中で何かが、グルグルと回っているような気がする。
みのり、タマちゃん、詩織さんに多摩雄さん。ついでに親父が何かを言っているが、オレの耳には何も入って来なかった。
喉から何か熱くて、痛い物がこみ上げてくる。
オレは携帯電話を取り出し、メッセージ機能を開いた。
何かが出てきそうな喉に、必死に唾を流し入れる。
吐きそう、喋れない、ビニール袋を取ってくれ。
文章を打ち込んだ後、みのりかタマちゃんのどちらに送信しようか迷った。
迷っている余裕なんて無い。オレは二人のアドレスを選択すると、一斉に送信した。
車内二箇所から、同時に携帯電話の通知音が鳴る。みのりは既に自分の端末を手にしていた。流石、出来た義妹だぜ。
端末の画面を見たみのりは、真剣めいた表情になる。助けを受け取ってくれて安心しかけたオレに、思いもよらない行動に移った。
「そんなものはない」
着ていたパーカーを脱いで、みのりは自分の膝に敷く。そして、オレの後頭部を掴むと、自分のパーカーに顔を思い切り押し付けた。
急に動かされた勢いで、こみ上げた物が思い切り口から出ていってしまう。
一度出てしまったものは歯止めがきかなくて、みのりのパーカーを思い切り汚していく。
頭の中は真っ白で、涙に鼻水にアレ。顔面から出るものを、全て出してしまっている。
パーカーを汚してしまっている間、みのりはずっとオレの頭を撫でていてくれた。それだけで、不意に優しさが舞い降りていくようだった。
一通りコトを済ませると、オレは涙も鼻水も汚れた口も隠そうともせずに、みのりの顔を見上げた。
向けられた微笑みに、すがってしまいそうになる。ぐちゃぐちゃな顔と心をこれ以上見られたく無くて、オレは再び俯いた。
自分のもので汚れてしまったパーカーが、再び目に入ってくる。襲ってきた罪悪感で口が開けない、そんなオレの耳にみのりは思ってもみない言葉を入れた。
「ママ、ビニール袋ある? あと、タオルも」
「あ……、うん。はい」
顔を上げると助手席から、みのりにタオルとビニール袋が手渡されてた。
あるんかい。
大声で言いそうになったが、そんな突っ込みを入れられる立場では無かった。
みのりはオレの顔にタオルを押し付けると、ごしごしと乱雑に拭った。自分でやるからいいと言わんばかりに、タオルを受け取って顔を埋めた。
皆に吐くところを見られた。情けなくて、恥ずかしくて、オレは顔を上げられなかった。
昔のことも思い出そうとしたが、また吐いたら困るので止めておいた。
結局、目的地に着くまで、オレはずっとそうしていた。
折角の家族旅行なのに、オレのせいで台無しになってしまった。
自分の気持ちを繋ぎ留めることも儚いのは、この世界が広すぎるせいだと思った。
最高の瞬間が訪れれば、何もかもちっぽけに感じるに違いない。
いつだかのオレはそう思ったが、それは訪れてくれないのだろう。
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