第三話 理由
「ほら、多摩雄さんは家族だから」
オレがそう言うと、一斉に車内の空気が固まったような気がした。
今日は無かった筈のみのりの眉間に皺が寄り、さっきまで赤い顔をしていたタマちゃんの顔が青くなる。運転席からため息が漏れ、助手席の笑顔が苦笑いに変化した。
何かマズイことでも言ってしまったのだろうか。訳も分からずにオレがキョロキョロしていると、頭上に何か重いものが圧し掛かってきた。
頭の上のものを触ってみると、その正体は多摩雄さんの手だった。
でっけえ手だなと思った。いつもは撫でられているだけだから、改めて頭上に乗せられると大きさと重さが丸わかりだ。
「ミナユキ、お前も家族だ」
背中から多摩雄さんの声が聞こえて、オレは改めて自分の失言を理解した。
まだタマちゃんを家族と認識していない、と言ってしまったも同然だった。
やっちまったと思う反面、仕方がないだろうとも思った。いくら血が繋がっているからとはいえ、家族と分かってまだ三日だ。みのりだって、まだ慣れていないのに。
そんなことを言ってしまえば、折角の旅行が水泡に帰す。さて、嘘つきのオレは、ここでどういう出まかせを言うのが正解か。
その一、小粋な冗句にする。
そんなものは最悪手だ。オレみたいな隠し事を抱える嘘つきは、言ってしまったものを嘘にするのが苦手なタイプだ。
秘密を持つ人間の多くは、無かったことにするのを不得手とする性格だ。それが出来れば、言えないことなんて出来やしない。
その二、沈黙。
一の次に酷い手段である。姿を隠したり、逃げられない状況で、唯一逃げが使える最低の手段だ。
これで関わりを立てる相手ならその場凌ぎにはなるが、相手がそうでないなら人間性を疑われる。オレは尊敬する師匠や、可愛い後輩二人の前でカッコ悪い真似は出来ない。
その三、話を変える。二と大して変わらん、却下。
その四、謝る。
出たよ、ミナユキ。お前はいつもそうだ。今まで謝って、その場を凌いできた馬鹿の常套手段だ。
謝るならば、やるんじゃない。なのに、何度もやってしまう。もう、そういう病気なんじゃないか。
小学生なら泣いて切り抜けることが出来るのだが、無理に決まっている。頭上の手の重みが、オレにプレッシャーを与えているような気がした。
ここで一番重要なのは、まだオレがタマちゃんを家族と思っていないのは本当だという事だ。
でもタマちゃんは既に、オレを家族だと思っている。
そのオレの温度差が原因で、みのりの時だって何度も揉めている。だというのに、学習能力の欠如した馬鹿は同じことを繰り返す。
「多摩雄。あまり、ミナユキを責めないでやってくれないか」
意外にも口を開いたのは親父だった。多摩雄さんの大きな手が、オレの小さい頭から離れた。
「この際だから、みのりと詩織。勿論、タマちゃんにも聞いておいて欲しいんだが。ミナユキが家族関係が苦手なのは、俺のせいだ」
そして、オレは親父から初めて、自分の生い立ちを聞かされた。
産まれて半年後に母親が亡くなったオレは、親父の実家で育てられた。祖母と祖父が親代わりとして、オレを育ててきたが、物心つく前に他界。
親父がオレを引き取ったのは、五歳くらいの時だったらしい。今もそうだが、滅多に家に帰れない親父はヘルパーさんを雇い、家事とオレの世話を押し付けた。
小学校に上がり、身の回りのことを教わったオレは、そのヘルパーさんを家から追い出した。
何故かと問うが、理由は親父も知らなかった。その後は順風満帆に不良コースの仲間入りとなる。
オレの将来を心配した親父は、多摩雄さんに筋肉の師匠になる事を依頼した。不定期だが、確実に休みが取れる叔父が、世話を焼くには一番だと判断したとの事だった。
グレていた時のことも、多摩雄さんに殴られて更生した時も良く覚えている。でも、それ以前のことは覚えていなかった。
ヘルパーさんを家から追い出したという事実があり、オレはそれを覚えていない。
覚えていないが、オレが詩織さんを母親と呼べない理由。
あの時、携帯電話で「拒む」という単語を検索した理由。
家族になりたての頃、一週間くらい家に帰りたくなかった理由。
それが何となく、分かってしまった気がした。
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