第五話 温もり
オレは多摩雄さんに何もしてあげられていないのに、多摩雄さんはあんなに良くしてくれている。ヒーローの気遣いが嬉しい反面、何故か悔しい気持ちがこみ上げてきた。
「だとしたら、きっと……オレが生まれなきゃ、良かったんだな」
その一言に、黙っていた皆の顔が一斉に上がった。何を言っているんだと言わんばかりに、全員が目を見開いていた。
まずいことを言ってしまった、という自覚はあった。でも口を開いてしまった以上、止めるわけにはいかなかった。
「だってそうだろう。オレが生まれなきゃ、母親も死ぬこと無かったし。多摩雄さんも離婚しなかったかもしれない」
言い終わった瞬間、ジャッカスのイケメン顔が目の前にあった。大きな衝撃が、デコに入る。一瞬、目の前に星空が見えた気がした。デコの痛みに耐えながら、目を開くとオレの胸倉を掴んだジャッカスの顔があった。
イケメンのデコが赤くなってるのを見て、オレに頭突きをしたことを理解した。少し涙目だったのは、きっと本人も痛かったのだろう。
「誕生日の人の前で、何言ってんだお前……」とジャッカスが言った。声は怒りに震えていた。
「次、そんなこと言ってみろ! 大橋から多摩川に突き落としてやる!」
ジャッカスは胸倉を離し、オレをソファに突き飛ばした。ソファにもたれ掛かりながらも、自分自身は驚き呆けたままだった。
すると、胸の上に誰かが顔を埋めてきた。その正体は隣に座っていたタマちゃんだった。オレの身体に小さな手を回し、ギュっと彼女は抱きしめてきた。
まるでタマちゃんが、上から覆いかぶさってるようだった。柔らかくて暖かくて、お日さまの匂いがするような気がした。
何故に従妹がいきなりそんなことをしたのか、オレは意味が分からず混乱しそうになったが、その意味はすぐに理解した。
「そんな……こと、いわないでください……」
嗚咽交じりの声だった。顔を埋めたのはきっと、オレに涙を見られたくないからだと察した。
「わたし……、お兄ちゃんが出来て、それがミナユキさんで……うれしかったんですから」
家族になったというのに、オレはまたやらかしてしまった。ゲイザーの家で何か催し物をすると、決まってタマちゃんに何かしてしまうというジンクスでもあるのだろうか。
「ごめん」と言って、オレは胸の上にあるタマちゃんの頭を優しく撫でた。心から自分の発言を悔いて、反省した。
自分の気持ちを繋ぎ留めることも儚いのは、この世界が広すぎるせいだと思った。
誰かが涙を見せて、初めて間違いに気づく馬鹿は一人だけでいい。
これからも大切に思っていきたいな、と胸の中の従妹を見て思った。
辛いとき、悲しいとき、今日があるから頑張れるような。
そんな思い出を作っていければ、きっとオレも凄い男になれるのではないかと思った。
何かの視線に気づき、顔を上げると雨梨先輩が今まで見たことの無いスマイルをこちらに向けていた。
含み笑いというか、忍び笑いというのか。面白い物を見たという感情が入った笑みだった。
見ると、ジャッカスもゲイザーも同じ顔だった。妙な雰囲気に何だか恥ずかしくなってしまったが、タマちゃんがオレを離してくれる気配は無かった。
みのりは何処か不満げな顔で、さつきちゃんは何故か顔を赤くしている。
自分で起こしてしまったクセに、どう対処すればいいか分からなくなってしまった。
とにかく、今オレが一番望むのは、タマちゃんが早く離れてくれることだった。
だけど、胸の上の暖かい温もりが、それを口にするのを許してはくれなかった。
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