第四話 裏側
折角の誕生日会なのに、オレのせいで台無しになってしまった。
ごめん、と大野さつきちゃんに頭を下げた。彼女も出来た後輩の一人だから、「大丈夫です」と笑って許してくれた。でも本当に頭を下げるべき相手は、思わぬ形で秘密を暴露されてしまったタマちゃんだ。
ここで一番重要なのは、みのりが義妹だという秘密まで明かされてしまうことだった。
タマちゃんに関しては、血の繋がりがあるだけで、一緒に暮らしてはいない。だけど、みのりは血の繋がりが無い上に、一緒の家に住んでいる。誤解を招きかねないのは、間違いなく後者の方だった。
まずオレは、多摩雄さんの話から始めることとした。吾輩には筋肉の師匠が居て、親父とジャッカスの父と友達である。離婚していたのは知っていたが、その相手が自分の亡き母の妹とは知らなかったと告げる。
先日、多摩雄さんが別れた奥さんが帰郷する際、学校を変えたくなかった娘を引き取ったという話があった。ジャッカスも自身の父の友達、多摩雄さんのことは勿論知っている。
その晩、父に連絡したジャッカスは、多摩雄さんの奥さんと娘の名前を知る。この時点でジャッカスは天文部の後輩の名前を知らなかったので、南タマキという名に心当たりが無かったのだ。
ここで同時に、多摩雄さんがミナユキの叔父であることもジャッカスは知る。
みいなチャンは自分の従妹だから、多摩雄さんの娘が気になっていたのか。と、この時思ったらしい。
しかし、ここに居る馬鹿は、それすらも知らなかったノータリンである。
「何故、お前はタマキちゃんが従妹で、あまつさえ多摩雄さんが叔父であることを知らなかったんだ?」とジャッカスが言ってきた。そんなのオレが聞きたいくらいだった。
でも、今までのオレの家庭環境を整理すれば、合点のいく話だった。うちの家は母親が亡くなった後、その実家である南の家とまるで関わっていない。
実母はオレを産んだことにより、身体を弱らせて命を落とした。故に親父は妻を殺したも同然だという立場だ。南の家からすれば裏切り者だ。
そして、その息子が顔を出せる訳が無かった。親父の思い込みなんじゃないかと、皆は言うが、母の家から今まで音信等が無かったのも事実だ。南の親族の冠婚葬祭に、呼ばれたりもしたことはない。
「まぁ、境さんも似たような状況らしいしなぁ……」
ジャッカスが呟いてから、急いで自分の口を塞いだ。まずい事を言ってしまった、という感じの行動だった。寧ろ今日のコイツは、まずいことしか口にしていない。
「そ、それって、どういうことですか?」
オレの隣に掛けるタマちゃんが、前のめりになってジャッカスに問いかけた。もしかしたら、タマちゃんも自分の家庭のことをあまり知らないのかもしれない。
こんな皆の前で言っちゃっていいの、とジャッカスは珍しく遠慮がちに言った。構いません、とタマちゃんは凛とした声をあげた。
「タマキちゃんが生まれた時、境さんは出動で病院に行けなかったんだって……」とジャッカスは虫を踏み潰した表情になる。
「もしかして……」とオレも似たような表情になる。
「その年にそれでユキさん、亡くなってるからさ……」とジャッカスはそれ以上、何も言わなかった。言わなくても、既にここに居る全員は何となく察しはついていた。
タマちゃんが生まれたその日、多摩雄さんは病院に行けなかった。我が街のスーパーヒーローといえど、完璧な人間ではない。市民の命を守る代わりに、時に筋肉や家族を顧みない決断を迫られる場合もある。出産が原因で姉が亡くなっているという状況で、それをやってしまえば、離婚の原因となってしまってもおかしくはない。
オレはようやく、多摩雄さんが消防士になるのを反対する理由を理解した。
消防士はカッコ良い、正義の味方。だけど、決して家族の味方になれる訳ではない。
無限な筋肉の可能性がある肉体を持つ若者に、安易に勧められる仕事ではないという多摩雄さんの台詞を思い出す。
自分の母親を亡くしているからこそ、自分の奥さんは大事にして欲しいという多摩雄さんの気持ちだったのだ。
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