――五幕 トラベル・トラブル・トランプル
ハイスピード気どりの毎日に、少しだけ嫌気がさしそうな五月四日の幕開けだった。
外を流れる高速道路の景色を見て、オレは思わずため息をつく。
八人乗りのレンタカー、運転席には我が父親ミナヒト。助手席にはそのフィアンセ、詩織さんがニコニコの笑顔。
真ん中の三人掛けの席にはオレと、みのりとタマちゃん。一番後部の座席では、多摩雄さんが寝息を立てていた。
車内を流れる洋楽を耳に、オレは昨日の出来事を頭に思い浮かべた。
なんやかんやあった誕生日会から帰宅した我々三人を、待っていたのは親父と詩織さんの姿だった。
デートはもう終わったのだろうか、オレが問う前に親父が先に質問を投げかけた。三人は明日の予定はあるのか。
雨梨先輩は旅行だし、ゲイザーは弟の勉強を見る予定。ジャッカスは、どうでもいいし知らん。
少なくとも誰かと会う予定は立ててなかった。みのりもタマちゃんも特には無いと言った。親父が満足そうな顔をしたから、嫌な予感が背中を走り抜けた。
温泉に行くぞ、と親父は言った。
また、いきなり何を言いだすんだ。オレが怪訝な顔をすると、親父は初めての家族旅行だぞと言った。その一言にみのりの瞳が輝いた。
このオッサンは最近、娘の食いつく言葉を把握しているのかもしれない。家族の名が付く行事に、我が義妹は目が無いと言っても過言じゃない。
わたしもいいんですか、とタマちゃんが言った。勿論と親父は言って、多摩雄さんにも連絡してあることも伝えた。
確かに家族旅行ならば、従妹の父親である叔父も入れて然り。ただ問題が有るとすると、多摩雄さんは現在仕事中で、帰宅は朝の八時頃となる。
その辺をどうするのか親父に問うと、帰宅した多摩雄さんを拾って、そのまま高速に乗る。運転は親父がするので、着くまで寝ていてもらう算段だという。
成程、無理やり予定を詰めて、街を守る消防士に負担を掛けさせる最高の作戦じゃないか。
「違うぞミナユキ。この旅行は、多摩雄から言い出したんだ」と親父は驚くことを抜かした。
仕事柄、あまり家で顔を合わせられない上、今まで何処かに娘を連れてってあげられたことがない。以前から、親父は多摩雄さんにそう相談を受けていたらしい。
みのりがタマちゃんと親友だと知った今、これなら家族全員で出かけられると踏んだのだった。
それを聞いたタマちゃんも嬉しそうな表情になる。義妹に次いで従妹まで乗り気になってしまったのなら、反対する理由は出て来なかった。
オレとしても温泉は嫌いじゃないし、旨い飯が上げ膳下げ膳で食えるなら問題はない。
ただ、一つ問題があるとなれば、それは急すぎること。オレの中だけの話だが、先月まで後輩だった二人といきなり旅行なんて、心の準備が出来無さ過ぎたのだ。
ここの所、色々あり過ぎて。不安でしょうがないって。進めないんだっていうのは、それじゃ駄目だって分かってるんだ。
「先輩?」
声に顔を上げると、みのり越しにタマちゃんがこちらの顔を覗き込んでいた。
びっくりしたオレは思わずのけぞって、窓に頭をぶつけてしまった。これっぽっちも痛くは無かったが、単純な間抜けさに恥ずかしくなった。
「何やってるんですか」とみのりが呆れた顔をする。
「タマキが未だに先輩って言ってるから、驚いたんだろうミナユキは」と親父が言った。
別に先輩呼びは慣れてるし、そんな理由で驚いたりはしない。ただ、タマちゃんの顔を見ると、昨日の温もりを思い出してしまうだけだ。
「もうお兄ちゃんとは呼ばないのか?」と後部座席から欠伸交じりの声がした。多摩雄さんを起こしてしまったようだ。
「すいません。起きてしまいました?」
「大丈夫、仕事中に仮眠取ってあるし。それに……」
多摩雄さんが欠伸を押し殺して、笑顔で言った。
「折角のタマキ、ミナユキ、みのりちゃんとの旅行なんだ。寝てたら勿体ない」
それを聞いた従妹は、義妹と顔を合わせて笑顔になる。そんな二人を見て、今まで悩んでいたオレが馬鹿らしくなった。
確かに、折角の旅行だ。気持ち回転数を上げてみても、いいかもしれない。
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