――三幕 大きく変わる


 今までのオレの日常は、まるで東から西に目掛ける光のように駆け抜ける毎日だった。


 代り映えもしないが、刺激が無いわけでもない。それでも回り続ける日々の、季節が移るタイミングで何かが変わっていくような気がした。


 この時の自分に言伝が出来るのなら、十六歳の四月にお前の人生は大きく変わると物申したい。


 自分自身が変わったとは欠片も思わないが、それでも環境の変化が何かしらの影響があったような気がする。


 新入生が入り、後輩が出来た。


 その後すぐに母親が出来て、義妹が出来た。


 百八十度変化したオレの生活。それが最近、雨梨先輩やゲイザーやジャッカスとの付き合いにまで、影響を与えているような気がするのは何故だろうか。


 大きな秘密を保持したままで、今まで通りは上手くいかないものなのだろうか。自分の私生活が変わったからといって、学校生活が変わるわけではない。


 それを考えると、新しい家族を持った状態で一年生からスタート出来た義妹の方が、まだ気持ちは楽なのかもしれない。


 ただ一つだけ安寧が期待できるのは、これ以上オレの私生活や家族環境に変化が起こるわけがないということだ。


 人は変化する生き物とはいえ、こんだけ色々変化して、これ以上の何かなんて絶対に起こらない。親父が過労で亡くなるとか、詩織さんが懐胎するとかはあり得ない話ではない。


 ただ、そういうある程度、想定できる話ならば、四月以上の衝撃はあり得ない。オレは十六歳の四月を一生、忘れられない出来事となった。


 そんな四月が終わりを告げようとしていた。桜の木は青々とした葉をつけて、濃い桃色の路傍はつつじの存在感を放っていた。


「ゴールデンウィークって、天文部の活動はあるんですか?」


 珍しく南タマキちゃんからの発言だった。五月一日、墓参りを明日に控えたオレだが、部の皆には関係のないことだ。今日は金曜日なので、これが今週最後の部活だった。


「タマキちゃん。ゴールデンウィークはね、遊ぶためにあるの」と雨梨部長が言った。


 他の学校の天文部なら、連休を利用した活動はあるかもしれないが、うちは違う。


 何故なら部長である雨梨先輩は、連休に家族旅行の予定が必ず入る。そして、それは今年も例外ではなかったようだ。


 部長抜きで企画を立ててもいいが、去年はオレとゲイザーだけだったので、やる気なんて起こるわけがない。今年は違うが、それでも雨梨先輩を省るのはオレが認めない。


「ごめんね。みんなが入部してから、ちゃんとした活動が出来てないよね」と雨梨先輩が申し訳なさそうに言う。


「いえ、そんな……」と南タマキちゃんが狼狽えるように言う。


「そうですよ。家族は大事ですから」


 説得力があるなぁ、おい。稲瀬みのり発言を聞いて、オレは心からそう思った。


「ゴールデンウィーク明けは中間模試があるから、それが終わったら一回イベントをやるから」


 部長の一言に新入生二人に笑顔が戻る。そうか、いよいよ今学期初の観測会か。


 ただ、テスト後ということは、顧問の担当教科で赤点取った生徒は不参加にされる発言が出てきてもおかしくはない。そして、オレは数学が代の苦手だ


 その辺りのことを新入生に伝えておこうかと思ったが、この二人なら問題ないだろう。


 むしろ、この中で一番それが危惧されるのは、間違いなくオレだ。顧問が英語か現代文教師だったら、楽なことこの上ないのだが。


「みいなチャン、この後ヒマ?」とゲイザーがオレに話かけた。


「……あんま遅くなんなければ」


 そこまで時間に厳しい男だとか、ゲイザー相手に主張なんてしたくは無いが。稲瀬みのりの目があるもんだから、きちんと釘を刺す真似をしないと後が怖い。


「さつきちゃんのプレゼント、買いに行こうよ」


 五月二日はオレの料理の弟子であり、ゲイザーの弟の幼馴染である大野さつきちゃんの誕生日だった。明後日の三日にゲイザーの家で誕生日会をやるので、プレゼントを用意しなければならない。


「そうだった……」


 オレはすっかり、その事を忘れていた。


 さつきちゃんの誕生日会を忘れていたわけではない。今週は部活を早めに切り上げて、ゲイザーの家で料理の準備をしていたくらいだ。オレが忘れていたのは、プレゼントのことだった。


「どこで買えばいいんだろ」


「無難に隣町のデパートとか?」


「隣町か……」


 明日のこともあるので、今日はさっさと帰りたかったのも事実だが。企画者であるオレが、プレゼントを忘れていたのでは話にならない。隣町には電車で一本なので、そこまで時間は掛からないだろう。

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