第一話 ゲイザー
山を切り開いて出来た我が街はベッドタウンで、故に駅前にスーパーや飲食店はあってもデパートはなかった。故に我が街の若者は、隣町である多摩の中央部に遊びに集まるのだ。
自宅最寄り駅から電車で二駅、駅ビルがデパートと化している風景はまさしく都会らしかった。
オレとゲイザーは改札を出ると、そのまま百貨店へと入っていく。セレブな奥様や背広に身を包んだ大人たちだらけで、高校生が入るのは場違いのような気がした。
それをゲイザーに言ってみると、デニムにTシャツといういつもの恰好よりかは、制服の方が浮かないのだと主張した。
「ほら、葬式とか制服でしょ。あれと同じ」
「さいですか……」
エレベーターの前にフロアガイドがあったので、テナントを把握して当たりをつける。
一階が贈答品などに使う菓子店が中心で、二階はレディスファッションやコスメ。見てみると、二階から五階まで全て似た内容だった。これなら奥様方が多いのも納得がいく。
プレゼントする相手は女性だが、婦人ではなく女の子だ。このビルの半分のテナントに、用が無くなってしまった。
六階のテナント一覧に目を向ける。CD屋、時計、インテリア、生活雑貨。七階はメンズファッションと本屋。
八階はレストラン街。こうなると、もう一階か六階のどちらかしか選択肢は無くなった。
「とりあえず、六階に行ってみようか」
エレベーターに乗り込み、6のフロアナンバーを押す。後ろを振り向くと、エレベーターは吹き抜けのようになっており、後ろの窓からは街並みが見下ろせるようになっていた。
夕暮れに染まる街、向こうには広大な山脈。国道を走る車に、その上のモノレール。雄大な景色だとオレは感じられるが、そう思えない人間がここに一人居る。
「ゲイザー。絶対、振り向くなよ」
「僕、入った瞬間に分かっちゃったんだよね……」
そう言ったゲイザーの足は小刻みに震えていた。実はこの男、高所恐怖症である。
飛行機やモノレールは大丈夫らしいが、このように下の景色が見える状態が駄目なようだ。
こいつと遊園地に行ったことはないが、ジェットコースターや観覧車が乗れないとなると、遊べるアトラクションが限られてくるに違いない。展望台も駄目なのは、天文部として致命的だ。
「ほら、僕はスターゲイザーだから。逆に地面見るのがね」
訳の分からない言い訳だが、それだけ余裕がないのだろう。
笑う膝を抑えながら、必死で手すりにしがみついていた。ここにジャッカスが居たら一緒に大笑いしているが、オレは少し哀れに思えてきた。
チンという音が、目的階の到着を告げた。エレベーターの扉が開く、オレはゲイザーに立てるか問うと、大きく首を左右に振った。仕方ない奴だ。
ゲイザーの腕をオレの肩に担ぐと、引きずり出すようにエレベーターから脱出する。軽く周りの客の注目を浴びてしまう。
どうしましたと、従業員が駆け寄ってきたので、ただの高所恐怖症だと説明した。
何でエレベーター乗ったんだ、って顔をしていた。あんな景色見せられるんだったら、乗ってねえよタコ。非常階段の手前にベンチがあったので、そこに案内して貰った。
とりあえずベンチにゲイザーを横たわらせ、隣のベンチで一息ついた。少し見回すと、自動販売機の存在に気づいた。
「なんか飲むか?」とオレが問うと、青い顔のゲイザーは自分のポケットから財布を取り出した。
「お前の奢るから、水買って……」
生気の無い声を耳に、了承と財布を受け取った。
自販機の前に立ち、ゲイザーの財布を開けてみる。札入れに諭吉の存在があって、オレは少し驚く。あいつはさつきちゃんに、何を買おうとしてんだよ。小銭を入れて、まずは水を買う。
「ほらよ」
ペットボトルを手渡すと、ゲイザーは自分のデコに当てがった。飲むんじゃなくて、冷却シート代わりかい。
高所恐怖症は、高い景色を見ると熱でも出てしまうのだろうか。その手のアレルギーが無いオレには、分からない話だった。
しばらくしてゲイザーは回復したが、時刻はもう七時近くなっていた。携帯電話には義妹から早く帰宅しろ、というメッセージが入っていた。
もう選んでいる時間は無いので、最終手段を使うことにした。エレベーターではなく、今度はエスカレーターで一階に戻る。ギフト系の菓子屋が並ぶ中、目的のものをすぐに見つける。
東京を代表する老舗羊羹の店だった。さつきちゃんは甘いものが好きだが、当日は洋菓子を用意するので、和菓子がいいだろう。連名ということで、羊羹の詰め合わせを購入した。
それでもなんやかんやで、七時を過ぎてしまった。稲瀬みのりの憤怒の顔を思い浮かべ、今度はオレが青い顔になる。次の電車は十分後だから、駅につくのは七時半過ぎ。帰宅は八時になりそうだ。
ため息をついていたら、ゲイザーが携帯電話で誰かと話しているのに気が付いた。あいつも家族からの連絡かな。通話を終えたゲイザーが携帯電話をしまうと、オレの方を向いて驚くことを口にした。
「タクシー拾おう」
そう言ってゲイザーが走り出したので、オレも後を追う。タクシーってお前、高校生がそんなの使っていいのかよ。仮に使うとしても、そこまでの持ち合わせなんて無いぞ。
週末なのでロータリーには、ごまんと空車があった。その中の一台に乗り込むと、ゲイザーはうちの住所を告げた。
「おい、ゲイザー」
ドアが閉まり、車は動き出してしまった。これでもう引き返すことは出来ない。
「かーさんに電話して事情を説明した。代金は気にしないで」
「だからって……お前」
「大丈夫。ウチのかーさん、僕に甘いから」
「……すまんな」
「いや、時間取らせちゃったの僕のせいだし……それに」とゲイザーは苦笑いを見せた。
「明日なんだろ? お前のかーさんの……」
「覚えていてくれたのか」
去年も確か、ゴールデンウィーク前に遊びに誘われた覚えがある。確かに、その時に命日だとは教えたが、そんな前のことなんて覚えているとは思わなかった。
「友達の大事な日なんて忘れないよ」
「そうか……」とオレはなんだかむず痒くなってしまい、冗句を零したくなった。
「オレはジャッカスの誕生日、覚えてないけどな」
「……確か四月だったよね」
驚く事にゲイザーも覚えていなかった。ジャッカスの誕生日は四月の上旬。春休み中だからオレは当日に祝ったことは無かったが、ゲイザーもそうだったようだ。
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