第十四話 親子


 そして、今までの学校生活について全て打ち明けた。


 中学の時に文化祭でウチの天文部を見て入試を決めたのは、詩織さんも知っていた。天文部に南タマキちゃんと一緒に入部したのも話していたらしい、そこまではオレも知っていた。


 ただ、彼女は天文部に義兄が居るという事を、話していなかった。


 こっちにも秘密にしてくれと頼んだと打ち明けた。もともとオレは、天文部なんて柄じゃないから、隠すことに抵抗なんて無かった。


 詩織さんは少し驚き、何故なのと彼女に問い掛けた。そりゃ、恥ずかしいからだろうと思っていたが、真実は違った。


 稲瀬みのりの入部初日、オレは星における知識が無いことを自己紹介で堂々と言っていた。彼女が星に詳しいということを告げると、じゃあ教えてくれとヘラヘラした態度を取っていた。うん、憶えてるわ。


 こんな人が何故、あんな綺麗なプラネタリウムが作れたのだろうか。癪に障った彼女は家に帰ると、オレの愚痴を詩織さんにずっと聞かせていたのだという。その後、自分の義兄になるとは知るはずもなく。


「つまり……?」


「あたしが悪口言った相手を義兄にしてしまったって知ったら、ママが何て思うか……」と申し訳なさそうに言った。


「ぶぶっ!」


 稲瀬みのりの母親好きっぷりにオレは思わず吹き出してしまった。


 悪口を言った相手が目の前に居るのにも関わらず、気にしていたのは母親の方だって。面白すぎて怒りすら沸いてこなかった。


 オレは声をあげてゲラゲラ笑っていたが、詩織さんがそうでないことに気が付いて笑いを止めた。少し悲しそうで、申し訳なさそうな表情だとオレは思った。


「みのり」


 娘の名を呼んで、詩織さんは頭を下げた。


「今回のことは突然だったし、受験中というのもあって、ちゃんと話が出来なかった私が悪かったわ。ごめんなさい」


「いいんだよ、ママが決めた人だし……それに。あたし、嬉しいんだ。パパが出来て」


 稲瀬みのりが泣きそうな声で言ったのを見て、オレは脳をハンマーで叩かれたような衝撃を受けた。美しい親子愛、感動のシーン。この二人は今、ちゃんと親子の絆を確かめ合ってる。


 にもかかわらず、今のオレは何だ。


 稲瀬みのりの親子愛をマザコン扱いして、ゲラゲラ笑っていた。


 何をしているんだ、この馬鹿は。


 正直言うと、オレは調子に乗っていた。学校で見る出来た後輩と違って、家に居る時の義妹は自然体だ。


 ママ大好きが表面に出ているのを、部活の皆は知らないというだけで変な優越感を持っていた。


 だけど、それは違った。今、目の前に居るのは、ちゃんと血の繋がった親子で、オレが茶々を入れていい関係ではない。二人はちゃんとした家族なんだ。家族愛を知らないオレが、囃し立てていいものじゃなかったんだ。


 罪悪感に押しつぶされそうになり、そっと出ていこうとしたオレの手を詩織さんが握った。


 茶化したからには、きちんと最後まで見届けろということなのだろう。オレは改めて詩織さんの隣に腰かけた。


「でも、みのり」


 完全に泣いてしまっている稲瀬みのりが顔をあげた。彼女の目にはもう詩織さんしか映っていなかった。オレはここに居るのが辛くて、奥歯を噛みしめながら二人の様子を見守った。


「お兄ちゃんが出来て嬉しくはないんだ?」


 そう言って詩織さんは、オレの手を彼女の前に差し出した。完全に予想外の行動に、オレの目は点になってしまった。


「………ええと」と稲瀬みのりも目が点になっていた。


「だって、前言ってたじゃない。優しいお兄さんが欲しいって」


「そ、それは……」


 稲瀬みのりが涙を拭いながら目を伏せた。


 そこでそれ言っちゃうんだって、オレと思っていることは同じだろう。ごめんな。義妹の母親を想う気持ちをゲラゲラ笑うような、最低の兄で。


「私は優しいと思うな、ミナユキくん」


「ええっ?」


 誰よりも素っ頓狂な声をあげたは、そのミナユキくん本人だった。稲瀬みのりも目を点にしていた。


「だって、悪く言われてるっていうの知ってるのに、そんな事も気にしてない。それどころか、みのりが秘密を打ち明けるのに協力までしてくれて……」


 協力なんてしたっけと思った。それがさっきの事なのだとしたら、それは勘違いだ。オレは単に稲瀬みのりがボロを出してしまったのを、面白おかしく揶揄していただけだ。


「秘密にしてっていう、みのりのワガママも聞いてくれていたのよ」


「それは……」


「いや、それはオレも都合良かったんで、黙ってました」


 これ以上、妙な勘違いで株を上げられて、妙な期待をされて後々困るのはオレの方だった。


「要は利害が一致したんですよ」


「……そう」と詩織さんはオレに優しい瞳を向けた後、「だけどね、みのり」と稲瀬みのりの方へと向いて眉を潜めた。


「あなたは兄に対して……先輩だとしても、敬意が無さ過ぎ。そりゃ、色々あったのでしょうけど、今は兄なのよ」


「はい」と稲瀬みのりがシュンとした後、オレの方へと瞳を向けた。


「色々、すみませんでした。先輩」


 素直に頭を下げてきたので、困惑してしまった。思えば彼女がオレに頭を下げるのって初めてじゃないか。


 だけど、詩織さんが知らないだけで、きっとオレの方が何倍も落ち度があったような気がしてきた。いや、きっと、そうだ。


 にもかかわらず、彼女だけに頭を下げさせているのは、男としてカッコ悪い。


「オレも色々悪かった」とガバリと頭を下げた。


「こんな年齢の近い女の子と暮らすのは初めてだから、勝手が分からなかった。次からはもっと、気を遣うようにする」


 そう言って顔を上げると、同じタイミングで顔を上げた稲瀬みのりと目が合ってしまう。何となく気恥ずかしくなって、目を逸らしてしまった。


「気を遣うっていうのもいいけど……」と詩織さんはため息を交じりに言った。


「あなた達はもう家族だってこと、わすれないでね」


 詩織さんの手を見ると、薬指の指輪が光っていた。籍は入れていないが、父親と婚約をした証だ。


 そして、その娘と相手の息子は兄妹という間柄となった。だけど、まだ稲瀬みのりが妹だと思えないように、彼女もまたオレを兄とは思えないだろう。


 一番近いのが、寮生といった感じか。ただ同じ学校の人が、同じ家に住んでいるだけ。


 こっちが先輩のことばかり考えていたように、彼女も母親や南タマキちゃんのことばかりで、オレの事を認識していなかったのかもしれない。


 ひとつだけ違いがあるとすれば、彼女は親父をパパと呼んでいるが、オレは彼女の母親をママや母ちゃんとは呼べてない。


 いつしか、詩織さんをそう呼べるときが来たら、稲瀬みのりも名前で呼べるのだろうか。そのとき、彼女は吾輩をお兄ちゃんというのだろうか。


 今は考えただけで薄ら寒いと思ってしまうが、その時の自分はどう思うのだろうか。


 家の事情、昔の自分、先輩への気持ち。オレには秘密だらけだが。先輩に好きって言える頃には、きっと詩織さんの事も母と呼べて、稲瀬みのりも名前で呼べているだろう。


 そして、先輩にも胸を張って言うんだ。この出来た後輩はオレの妹ですと。


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