第十二話 風呂


 帰宅したら、詩織さんが既に風呂の準備をしていてくれたのに少し感動した。


 雨だからすぐに入ると思って、と詩織さんは言ってくれた。娘が出来た子なら、母親も出来た人だなと思った。素直に礼を言うと、オレはすぐに風呂場へと向かった。


 脱衣所で適当に服を脱ぎ捨て、すぐさま風呂に飛び込む。


 冷えた身体を湯舟を預けて、思い切り両手を伸ばした。詩織さんが来てから、毎日風呂に入れるなと思った。基本的に料理以外の家事スキルを取っていないオレは、風呂を沸かすのも面倒な人間だった。


 おそらく、母親が亡くなってから、この風呂にお湯を溜めたのって初めてかも怪しい。帰りの遅い親父もシャワーで済ましていただろう。


 先週までこんな出来た人に心配を掛けさせていたのだな、と思うと罪悪感が沸いてくる。そりゃ稲瀬みのりの機嫌も悪くなるわけだ。


 それでアイツを避けて、家から離れて、詩織さんが心配して、機嫌が更に悪くなるという悪循環だ。


 オレとて避けたくて避けた訳じゃない。ただ、ほんの少し、心の整理がしたかっただけだ。


 とはいえ、今日のゲイザーみたいな場面は何度もあるだろう。やはり一度、ちゃんと稲瀬みのりと話すべきだ。今後の学校生活のことや、部活のことも。


 悪い頭と傷だらけの身体を洗い終えると、脱ぎ散らかした制服を手にタオル一枚で自室へと向かった。


 階段を登りきると、そこには帰宅したばかりなのか、制服姿の稲瀬みのりの姿があった。


 自分の部屋のドアに手をかけたまま、オレの姿を見るなり硬直していた。


 ああ、これはマズイぞ。タンクトップであのザマなのだ。オレは気に留めなかったふりをして、逃げるように自室へと飛び込んだ。


「ぎゃぁぁぁぁぁ!」


 ドア越しでも大きいと分かる声だった。


 オレは施錠をしようとしたが、生憎この部屋に鍵は無かった。押し入れを開け、藁を掴む勢いでパンツを握りしめ、急いで足を通す。


 バタバタと階段を駆け上がる音がした。きっと詩織さんがこの部屋に入ってくる。デニムがあったので急いで足を通し、適当なジャージを掴んで素肌の上から袖を通した。


 コンコンとドアのノック音に「どうぞ」と返事をする。申し訳なさそうな表情で、詩織さんがドアを開けた。


「あのね。確かにお風呂沸いてるよって、言ったの私だけど……。せめて、着替えくらいは……ね」


「申し訳ぇぇ、ありませんでしたぁぁ!」


 オレは勢いのまま、その場で土下座した。正座したり土下座したりと、今日は何かと床と交流を深める日だなと思った。


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