第十一話 弁当についてゲイザーの
「ねぇねぇ。ここ最近さ、自分で弁当作ってる?」
ゲイザーの問いに、オレの心臓が大きくドキンチョ鳴った。一緒に昼食を取るのはコイツとジャッカスだが、いつの間にそんな所を見ていたのだ。
「……どういうことだ?」
確かにここ一週間の弁当は、全て詩織さんお手製だ。だが料理も出来ない奴が、何故それを分かるというのだ。
「最近のお前の弁当、きちんとしてる」
「きちんと……してなかったと抜かすか、このゲイザー野郎。オレが今まで作った料理が」
オレは先日、パイを生地から作ったように。今まで先輩の為なら、手を抜ける所も抜かなかった。
そんな丹誠込めた料理をきちんとしていないだと、ならば貴様は普段どんだけいいものを食べているのだというのだ。
「じゃなくてさ。僕らに作る料理と自分で食べるものって、雲泥の差があるじゃん。お前の場合」
言われてみると確かにそうだと思った。仮にシーザーサラダを作るとして、先日みたく振る舞う場合はちゃんとポーチ・ド・エッグを作ってドームとかやる。
でも自分で食う場合は、適当な草を切って、ドレッシングかけて、粉チーズかけて終わりだ。
そういうことか、オレは改めて自分の過ちに気が付いた。確かに今までの弁当は、米と昨晩の残りのホイコーロー、黄色くした米と昨晩の残りのタンドリーチキン。
それに引き換え、今の弁当はどうだ。昨晩に何も残さず、きちんと早起きした詩織さんが作っている。米と一品だけの男メシと違い、幕の内弁当みたく色々入っている。そりゃ、見れば分かってしまうのも仕方ないか。
「それで思ったんだ」
その様子を暫く見ていたゲイザーが口を開いた。
もしかして再婚したのかって聞かれたらどうしようと、再び心臓が高鳴り始めた。先ほどもそうだったように、コイツは意外と鋭いところがあるんだ。
正直言うと、親父が再婚した事は打ち明けても何も問題はない。ただ、そこから芋づる式に色々バレてしまうのが怖い。
特に今は先輩も義妹も居るという、最悪のシチュエーションだ。時間を戻せるなら過去のオレを引っ叩いて、遅刻阻止と便所飯を強要したいくらいだった。
「お前、彼女でもできた?」
「ねえよ、タコ」
意外な発言に思わず、粗暴な口ぶりになってしまった。先輩の前で下手な事を言うんじゃねえ、変な勘違いでもされたら困るだろう。
「てっきり、彼女に弁当を作ってあげてるから、自分のもきちんとしてるのかと……」
「しかも、オレが作る方かよ」
「だって、弁当箱変わってなかったし」
本当に目ざとい奴だ。これ以上、ここに居ると何かしらの形でボロが出そうな気がする。オレは適当な言い訳をして、立ち去ることにした。
「そうだよ。弁当が凝ってたのは、いずれ彼女が出来た時の為の練習だ。その為に夜更かしして、遅刻ばっかしてました」
「それは素敵だと思うけど、分別はつけないとね」と先輩が言った。そうやって簡単に素敵と言ってくれるのも、先輩を大好きになる理由の一つだった。
「今日からはちゃんと早寝します。……ので、その為に今日は早く帰りますね」
凄い適当な言い訳をして、オレはカバンを手に立ち上がった。
「ねぇ、そういえば。稲瀬さんって毎朝、南さんを起こしに行ってるんだよね?」
「え、は、はい!」
ゲイザーのいきなりの質問に、不意を突かれた稲瀬みのりの声が裏返る。南タマキちゃんを起こしに行っていることは、自己紹介の時に話しているので、部員全員が知っていた。
「僕も起こしに行こうか、お前ん家に」
「ぜってぇ来るんじゃねえ」
そう言い捨てて、挨拶もロクにしないまま部室を出てしまった。後輩二人はともかく、先輩にはちゃんと挨拶しておけば良かったと廊下を歩きながら後悔した。
先輩を心配させるのも勿論だが。ゲイザーが家に来るとなると、なおさら遅刻出来ない身となってしまった。
あいつ、本当はオレの事情を知った上で、わざとああいう風に言っているんじゃないのかと勘ぐってしまう程だった。そこまで考えて、オレは忘れていた懸念事項の一つに気がついた。
そう言えば、ゲイザーはオレの家を知っている。
先輩の家が神奈川サイドだから、オレがゲイザーの家に行く事が殆どだが。去年の夏休みは、何度かゲイザーはウチに泊まりに来ている。そういう行事でもない限りは、まずウチに来ることはない。
住所を知っている人間が部内に居るというだけで、どれだけ危険なのだろう。考えると頭が痛くなってくる。
稲瀬みのりの事は言えないが、再婚したという事だけはゲイザーに言うか。それだけでも、我が家に対しての抑止力にはなるだろう。
雨は弱くなっていたが、変わらない曇天。八つ当たりするように、雲に向けて溜め息をついた。
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